つるや旅館

つるや旅館

長野県北佐久郡軽井沢町に位置するつるや旅館は、長い歴史を持つ格式ある旅館です。特に、明治から昭和にかけて多くの日本の文人、作家たちがこの地を訪れ、長期にわたって滞在した宿として知られています。その歴史は古く、軽井沢の発展とともに歩んできました。

歴史と変遷

つるや旅館のルーツは、江戸時代初期にさかのぼります。中山道沿いの宿場町であった軽井沢宿で、旅人が休息する茶屋「旅籠鶴屋」として営業を開始しました。明治時代に入り、キリスト教宣教師たちが軽井沢を避暑地として見出し、多くの外国人が訪れるようになると、つるやは時代の変化に対応します。従来の和風建築の佇まいを保ちながらも、西洋の要素を取り入れ、明治19年（1886年）に旅館としての歩みを本格的に始めました。この転換期を経て、大正時代から昭和中期にかけて、つるや旅館は避暑に訪れる多くの文人たちの定宿となっていきます。

建物とその特徴

現在のつるや旅館は、本館、別館、そして離れである奥館で構成されています。奥館は、大正時代に能楽師の二代目市川左團次の別荘として建てられたもので、その歴史を感じさせる趣があります（奥館は夏季のみの開館となっています）。残念ながら、かつての本館は昭和46年（1971年）の火災で焼失してしまいましたが、現在の本館はその後に再建されたものです。

文学との深い結びつき

つるや旅館は、日本の近代文学史において重要な役割を果たした場所の一つです。特に、堀辰雄の代表作の一つである小説『美しい村』では、主人公が滞在する宿として描かれています。作品の舞台となった場所として、文学ファンにとっては特別な意味を持つ空間となっています。

文人たちの足跡

つるや旅館には、数えきれないほどの著名な文人たちが宿泊しました。彼らはここで創作活動を行ったり、他の作家と交流したり、避暑地軽井沢での静かな時間を過ごしたりしました。

明治時代
正宗白鳥: 明治45年（1912年）に初めて訪れ、大正15年（1926年）に軽井沢に別荘を構えるまで、文人としては最も古くからの常宿客でした。

大正時代
室生犀星: 大正9年（1920年）夏から毎年のように滞在し、当時の当主であった佐藤不二男氏とも親しい交流がありました。
芥川龍之介: 大正13年（1924年）と翌大正14年（1925年）の夏に滞在しています。室生犀星とともに「つつじの間」で過ごしたこともあり、その滞在の様子は『軽井沢日記』や書簡集にも記されています。
谷崎潤一郎: 大正13年（1924年）に滞在。
菊池寛: 大正13年（1924年）に滞在。
堀辰雄: 大正12年（1923年）に初来館して以降、昭和8年（1933年）までほぼ毎夏をここで過ごしました。特に昭和8年は『美しい村』の執筆時期であり、6月から9月にかけて長期滞在しています。「つつじの間」など複数の部屋を利用し、時には別荘に滞在することもありました。
萩原朔太郎: 大正14年（1925年）に滞在。
山本有三: 大正14年（1925年）に滞在。

昭和時代
島崎藤村: 昭和16年（1941年）秋に約2週間滞在しました。
志賀直哉: 昭和26年（1951年）をはじめ、昭和29年（1954年）、昭和30年（1955年）の夏に滞在しています。

これらの作家以外にも、石坂洋次郎、遠藤周作、柴田錬三郎、城山三郎、富田常雄、吉屋信子、安岡章太郎といった、昭和以降の文学者たちもつるや旅館を訪れています。

文人たちが愛した軽井沢の静けさ、そしてつるや旅館が持つ独特の雰囲気は、彼らの創作活動に少なからず影響を与えたことでしょう。現代においても、つるや旅館はその歴史と伝統を受け継ぎ、軽井沢の地で訪れる人々を迎えています。

交通アクセス・周辺

交通: 北陸新幹線・しなの鉄道軽井沢駅から車で約5分。
* 周辺: 軽井沢ショー記念礼拝堂、旧軽井沢メインストリート、室生犀星記念館などが近くにあります。

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