ひょっとこ

ひょっとこは、口をすぼめ歪めたような表情を持つ男性、あるいはその特徴的な面を指す言葉です。「潮吹き面」とも呼ばれます。面の形状は様々で、左右の目の大きさが異なっていたり、頬被りをしている姿も見られます。また、面をつける人が頬被りをすることが多いという特徴もあります。しばしば、女性の「おかめ」（またはお多福）と対になって扱われる存在です。

田楽や祭礼で行われる舞踊においては、ひょっとこは道化役として登場し、場の雰囲気を盛り上げる役割を担います。

語源に関する諸説

ひょっとこという名称の由来については、いくつかの説が唱えられています。一つには、竈（かまど）の火を竹筒（火吹き棒）で吹く人を意味する「火男（ひをとこ）」が変化したものとする説があります。この説では、顔の特徴、特に左右の目の大きさが違うのは、火を吹く際に煙が目に入ったためという説明が加えられることがあります。また、口の形が徳利に似ていることから、「非徳利（ひとっくり）」が転じたという説なども存在します。

歴史的背景

ひょっとこが滑稽な道化役として登場するようになった起源は、舞楽における「二の舞」に登場する滑稽な役の面が、後の神楽へと受け継がれていったことにあると考えられています。特に里神楽では、定められた演目とは別に「もどき」と呼ばれる番外の踊りがあり、そこでひょっとこの面を用いた踊りが舞われました。

ひょっとこの面の具体的な造形は、猿楽などで用いられた「黒尉」という面などに由来しているとされます。これと同系統の面は「うそぶき」とも称され、丸い目に、口をとがらせて突き出した形で作られていました。現在見られるひょっとこ面の原型は室町時代には形作られ始め、江戸時代になると里神楽や町神楽などを通じて広く庶民に知られるようになったと考えられています。

昔話と伝承

東北地方、特に岩手県には、ひょっとこと関連付けられる興味深い昔話が伝わっています。例えば、『江刺郡昔話』に収録されている話では、「ひょうとく」という名の子供が登場し、最終的に竈の神（火神）として祀られるという内容です。東北各地には同様の類話が多くあり、登場人物の名前は「うんとく」「したり」など地域によって異なりますが、いずれもその後の存在が火神となる点が共通しています。これらの話は、「ひょっとこ」という言葉と「火」との関連を示す民間語源的な解釈例としてしばしば引用されます。

また、岩手県胆沢郡前沢町（現在の奥州市）に伝わる話では、醜い顔をした若者がお爺さんを助け、火吹き竹のように口を使って上手に火を起こす能力で家を繁栄させますが、お婆さんに疎まれて追い出された後、家が衰退するという内容があります。この話では主人公が子供ではなく若者ですが、最後に若者が自分に似た面を竈の近くに飾るよう告げる結末があり、竈神や面との関連という点でひょっとこの伝承と形式的な共通性が見られます。

文学作品や伝統芸能への登場

ひょっとこは古くから多くの文学作品や伝統芸能に登場しています。例えば、芥川龍之介は『ひょっとこ』という題名の小説を執筆しています。また、須藤鐘一の小説『奇怪な肖像画』には、登場人物の容貌を表す際に「ヒョットコ面づら」という表現が見られます。太宰治の著作『おしゃれ童子』や古典落語の『厩火事』にも、「ひょっとこめ！」といった台詞の中にその名が見出されます。さらに、フィンランドの作曲家レーヴィ・マデトヤによる、日本を舞台にしたバレエ音楽『オコン・フオコ』の題名は、「おかめ・ひょっとこ」が由来という説もあります。

各地の祭りや踊り

現代においても、ひょっとこの面を用いた滑稽な踊りは各地の神楽や祭りで披露されています。茨城県桜川市久原の祭礼では、「ひょっとこ」と呼ばれる滑稽な踊りや寸劇が伝わっており、これは地芝居や歌舞伎の茶番狂言を素地としていると考えられています。

福島県郡山市のデコ屋敷周辺には、張り子のひょっとこ面を用いた「高柴ひょっとこ踊り」が約300年前から継承されており、現在も愛好会によって地域の祭りなどで演じられています。

宮崎県日向市で開催される「日向ひょっとこ夏祭り」は、ひょっとこを大規模に取り上げた代表的な祭りです。1984年に始まった比較的新しい祭りですが、毎年数万人を集め、数千人の踊り手が市内を練り歩く県を代表するイベントに成長しました。この祭りの中心である「永田のひょっとこ踊り」は、明治期に地元の医師が里神楽を元に考案したとされ、腰を前後に動かす独特の振りが特徴です。

また、島根県の民謡として知られる「安来節」の男踊りである「ドジョウ掬い踊り」も、ひょっとこ顔で演じられる滑稽な踊りとして有名です。かつて製鉄が盛んだった出雲地方の砂鉄採取の所作が源流ともいわれ、炎と関連深い金属精錬の神への奉納踊りであった可能性も指摘されています。

異分野における「ひょっとこ」

日常的な言葉としては、空調設備に使われるダクト部材にも「ひょっとこ」と呼ばれるものがあります。これは、主管から空気を分岐させる際に、抵抗を減らすために風の流れ方向に広がる台形状の取り出し管を指します。また、天井開口から作業できるよう内側から折り倒せる加工がされたものは「内ひょっとこ」と呼ばれます。これらの名称は、取り出し部分にあたる鉄板が、ひょっとこの面の口のように突き出た形状をしていることに由来しています。

ひょっとこは、その独特な表情と道化役としての存在感から、伝統芸能や祭りだけでなく、文学作品や現代のエンターテインメント（吉本新喜劇の烏川耕一氏が顔立ちから「ひょっとこ」と称されたり、漫画『DEATH NOTE|DEATH_NOTE』のキャラクターLが映画版で面を使用したりするなど）においても様々な形で親しまれています。

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