ほつれ髪の女

レオナルド・ダ・ヴィンチ作『ラ・スカピリアータ』

『ラ・スカピリアータ』（La Scapigliata）、通称『ほつれ髪の女』は、盛期ルネサンスの巨匠レオナルド・ダ・ヴィンチが1506年から1508年頃に制作したとされる未完成の油彩画です。この作品は、その魅惑的な美しさ、神秘的な雰囲気、そして熟達したスフマート技法によって、美術史において重要な位置を占めています。現在はイタリアのパルマ国立美術館に所蔵されています。

作品概要

この絵画は、波打つ髪が乱れた、うつむき加減の若い女性を描いています。彼女の視線は鑑賞者には向けられておらず、半分閉じた瞳は内面を見つめているかのようです。口元には、レオナルドの他の作品『モナ・リザ』を彷彿とさせる、かすかな微笑みが浮かんでいます。絵画の大部分は彼女の顔に費やされており、それ以外の背景部分は下塗りされたままとなっています。顔と背景との境界線は、スフマート技法によって効果的にブレンドされ、柔らかな印象を与えています。

作品のサイズは24.6cm x 21.0cmと、ダ・ヴィンチに帰属される絵画の中では最小です。この作品は、下絵、素描、絵画など、様々な解釈がなされていますが、油絵具が使用されていることから絵画として扱われるのが一般的です。美術史家カルメン・バンバッハは、この作品を「筆による素描」または「絵具を使った下絵」と表現しています。

作品の意図と主題

『ラ・スカピリアータ』の制作意図は不明確であり、様々な説が唱えられています。未完であるため、下絵や習作とする説も有力です。レオナルドの失われた絵画『レダと白鳥』の習作とする説もありますが、『ラ・スカピリアータ』の女性よりも精巧な髪型で描かれたレダの複製が存在するため疑問視されています。他にも、『聖アンナと聖母子と幼児聖ヨハネ』の未完の聖アンナの素描、またはロンドン版『岩窟の聖母』の習作とする説もありますが、いずれも決定的な証拠はありません。パルマ国立美術館の学芸員は、この作品の主題は特定の人物ではなく、匿名の女性である可能性を示唆しています。

帰属について

現代の研究者の間では、『ラ・スカピリアータ』をレオナルド・ダ・ヴィンチの作品とする見解が一般的です。しかし、他のダ・ヴィンチの作品と比較すると、その帰属は議論の余地があるのも事実です。美術史家のマーティン・ケンプやフランク・ツェルナーは、レオナルドの絵画カタログからこの作品を除外しており、美術館キュレーターのルーク・サイソンは、レオナルドの弟子の作品である可能性を示唆しています。

過去には、パルマ国立美術館の館長が偽作説を唱えたこともありました。しかし、美術史家アドルフォ・ヴェントゥーリが、レオナルド作説を強く主張し、ゴンザーガ家との関連を示唆する証拠を提示しました。カルロ・ペドレッティは、この作品をパトロンであったイザベラ・デステと関連付けました。近年では、ルーヴル美術館などの主要な展覧会で、レオナルドの作品として展示されていますが、一部の批評家は、女性の不規則なプロポーションや奇妙な頭蓋骨の形から、弟子のジョヴァンニ・アントーニオ・ボルトラッフィオの作品である可能性を指摘しています。また、別の弟子であるベルナルディーノ・ルイーニの作とする説も存在します。

制作年

制作年代は、ダ・ヴィンチの他の作品との比較から、通常1506年から1508年頃と推定されています。美術史家カルメン・バンバッハは、この作品がフィレンツェの公職にあったアゴスティーノ・ヴェスプッチによって依頼されたと考えており、1500年から1505年頃の作品とする説を唱えています。

来歴

作品の発注に関する記録は残されていませんが、絵画の親密な雰囲気から、個人的なパトロンのために描かれた可能性が高いと考えられています。アゴスティーノ・ヴェスプッチが、レオナルドに作品の制作を依頼した可能性も指摘されています。広く受け入れられている説では、レオナルドのパトロンであるイザベラ・デステが発注したとされています。イザベラは、おそらく息子フェデリーコ2世・ゴンザーガの結婚祝いとして、この絵画を贈ったと考えられています。

1531年のゴンザーガ家の美術コレクションの目録には、『ラ・スカピリアータ』と思われる絵画が記録されており、1627年の別の目録にも同様の記述が見られます。しかし、この絵画は1626年から1627年にチャールズ1世に売却されたゴンザーガ家のコレクションには含まれていませんでした。その後、1630年に神聖ローマ皇帝フェルディナント2世の軍隊がマントヴァを略奪した際に盗まれた可能性があります。

19世紀になると、パルマの芸術家ガエターノ・カッラーニのコレクションから発見され、1826年にパルマ美術アカデミーに売却されました。この売却記録には『キアロスクーロで描かれた聖母の頭部』として記載されています。1839年に、パルマのパラティーナ美術館（現在のパルマ国立美術館）に収蔵され、「レオナルド・ダ・ヴィンチによる頭部」として紹介されました。それ以来、この作品はパルマ国立美術館に所蔵されています。

作品の解釈

作品の本来の目的と意図については、様々な説が提唱されています。パルマ国立美術館は、この作品を「着彩された素描」と解釈しています。メトロポリタン美術館の研究者たちは、彫刻的で精密な顔と、断片的な髪、両肩、首とのコントラストが、力強さと自由さという対照的な要素を強調していると述べています。パルマ国立美術館の研究者たちは、このコントラストを、力強くも優雅な女性らしさの表現であると解釈しています。

『ラ・スカピリアータ』は、レオナルドのスフマート技法の最高傑作の一つとされています。美術史家のアレクサンダー・ナーゲルは、光と影の緻密な描写を特筆し、レオナルドの師であるアンドレア・デル・ヴェロッキオの頭部の習作と比較して、描影法への注意と共通点を示唆しています。

カルメン・バンバッハは、この作品が古代ギリシアの画家アペレスの作品に触発された可能性を示唆しています。大プリニウスは、アペレスの未完成のヴィーナスの胸像の美しさを賞賛しており、バンバッハはアゴスティーノ・ヴェスプッチのメモを引用して、ヴェスプッチの依頼でレオナルドがアペレスのような作品を制作しようとしたと主張しています。

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