ほんやら洞 (喫茶店)

ほんやら洞

「ほんやら洞」は、京都をその発祥の地とする喫茶店の名称であり、現在は特に東京都国分寺市などに同名の店舗が存在します。これらの店名は、しばしば漫画家つげ義春の短編作品「ほんやら洞のべんさん」（1967年発表）にちなんで付けられています。その歴史の中で最も知られる存在であった、ルーツとなる京都市の店舗は、2015年に発生した火災により惜しまれつつ閉店しました。

京の伝説：出町のほんやら洞

「ほんやら洞」という名を持つ喫茶店の始まりは、京都市出町（上京区今出川通寺町西入ル）にありました。1972年（昭和47年）に開店したこの店は、それまで休業していた喫茶店を改修する形で、シンガーソングライターの岡林信康氏をはじめとする音楽家や文化人、そして市民有志の募金や労力提供を受けて誕生しました。特に2階には、様々な文化活動のためのスペースが設けられており、多くの詩人、美術家、音楽家、その他の文化人たちがここに集い、交流し、新たな文化を発信する拠点となりました。このような、文化的な要素を意識した店舗づくりは、今日見られるブックカフェやギャラリーカフェといった形態の先駆けとも言えるものでした。

この出町の「ほんやら洞」では、詩人たちが自作の詩を朗読する催しが頻繁に行われ、その記録が後に朗読レコードや書籍として刊行されたことは特筆されます。また、岡林信康氏、中川五郎氏、浅川マキ氏といったシンガーソングライターのライブが開催され、吉田拓郎氏や下田逸郎氏も足を運ぶなど、音楽史においても重要な役割を果たしました。当時の人気音楽雑誌に、店のスタッフであった古川豪氏や早川正洋氏の日記が連載されていたこともあり、実際に店を訪れたことがない人々の間にも、その名や存在が広く知られるようになったのです。

特に1970年代には、ボブ・ディランの訳詞者としても知られる中山容氏、片桐ユズル氏、秋山基夫氏、有馬敲氏ら、声に出して詩を読むことを重視する「オーラル派」と呼ばれる詩人たちが2階スペースに集まり、しばしば朗読会を開いていました。この活動の中から、1975年（昭和50年）に彼らの朗読を収めたレコード『ほんやら洞の詩人たち』が制作され、さらに1979年（昭和54年）には同名の書籍も刊行されるなど、その文化的な営みは確かな形として残されています。

このようにして、出町の「ほんやら洞」は1970年代の京都における新たな名所の一つに数えられるようになり、中山ラビ氏や女優の鮎川いずみ氏らも客として訪れていました。当時すでに勢いが衰えつつあった学生運動や、いわゆる関西フォークと呼ばれるムーヴメントに共鳴する学生や若者たちにとって、この店は重要な居場所となり、その名は様々な書物や記録に刻まれ、今日まで伝説のように語り継がれています。

しかし、この伝説的な空間は突然の終わりを迎えます。2015年1月16日、店舗から火が出て建物全体が燃え尽きるという火災が発生しました。店主の甲斐扶佐義氏によると、火災の原因は特定されていませんが、店の設備に加え、甲斐氏が40年以上にわたり撮りためた200万コマにも及ぶ写真のネガフィルムとプリント、著作物の在庫、さらには43年分の日記や執筆中の原稿までもが、この火災によって灰燼に帰してしまいました。この悲劇により、同年1月21日をもって、出町の「ほんやら洞」はその歴史に幕を下ろすこととなりました。

その他の「ほんやら洞」

京都・出町の「ほんやら洞」の精神は、他の地にも引き継がれました。

東京・国分寺のほんやら洞

東京都国分寺市にある「ほんやら洞」は、京都・出町の店を立ち上げた中心人物の一人であった早川正洋氏が、同様の理念に基づき開店したものです。その後、中山容氏を経て、1977年（昭和52年）からは中山ラビ氏が経営を引き継ぎました。作家の花村萬月氏や漫画家のいしかわじゅん氏が常連客であったことから、それぞれの作品の読者の間でも店の存在が広く知られるようになりました。特には、中山ラビ氏をモデルにした漫画のキャラクターを描いていることでも有名です。2021年7月に中山ラビ氏は亡くなりましたが、その息子氏が引き継ぎ、現在も営業を続けています。画家の牧野伊三夫氏が店の看板を手がけており、若い芸術家たちの個展会場としても利用されるなど、文化的な繋がりも保たれています。

京都・西陣のほんやら洞

京都市西陣にも同名の喫茶店が存在しました。この店も2階がギャラリーとして活用されていましたが、2018年6月、店主の都合により惜しまれながら閉店しました。

その他の店舗

これ以外にも、高知県高知市には「ほんやら堂」という名称の店がありましたが、こちらは2020年4月以降、無期限の休業状態にあります。また、東京都西荻窪にも「ほんやら洞」という名の店がありましたが、既に営業を終えています。

「ほんやら洞」は、単なる喫茶店という枠を超え、カウンターカルチャーや地域文化が交差する特別な空間として、多くの人々の記憶に刻まれています。特に京都・出町の店が果たした文化発信の役割は大きく、その遺産は関連する記録や、現在も営業を続ける他の店舗を通じて、今に伝えられています。

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