もの派
「もの派」は、1960年代末に登場し1970年代中期まで続いた日本の現代美術における重要な動向です。この美術運動は、石、木、紙、綿、鉄板、パラフィンといった日常的な素材を単独で、あるいは組み合わせることで作品を構成することを特徴としています。
「もの派」は、当時の日本の前衛美術の主流であった反芸術的な傾向への反発として生まれました。彼らは、既存の芸術概念を解体し、素材そのものへの還元を通じて、芸術の再創造を目指しました。「もの派」という名称が誰によって名付けられたかは明確ではありません。
1968年、関根伸夫が『位相—大地』を発表し、それを見た李禹煥が新たな視点からこの作品を評価し、理論づけたことが「もの派」の始まりとされています。この二人による研究会に、関根の多摩美術大学の後輩である吉田克朗、成田克彦、小清水漸、菅木志雄らが参加しました。彼らは皆、多摩美術大学の齋藤義重教室の生徒でした。さらに、他の大学からも榎倉康二、高山登、原口典之らが加わり、それぞれが作品を発表しました。
1970年2月号の『美術手帖』では、「発言する新人たち」という特集が組まれ、座談会には「李＋多摩美系」の作家たちが集いました（ただし、本田眞吾は欠席）。この特集が、事実上の「もの派宣言」とされています。しかし、「もの派」は自主的な企画展を開催することはなく、1970年の夏ごろからは、参加した作家たちがそれぞれの独自の作風へと分散していきました。
「もの派」の出現は、当時の美術界における反動的な動きとして捉えられます。それまでの抽象表現主義や反芸術運動が、しばしば観念的な表現や概念に偏っていたのに対し、「もの派」は具体的な物質そのものに焦点を当てました。
彼らが用いた素材は、自然界に存在する石や木、あるいは工業製品である鉄板やパラフィンなど、ごく日常的なものでした。これらの素材を加工せず、あるいは最小限の加工にとどめて提示することで、素材の持つ固有の質感や存在感を際立たせようとしました。
また、「もの派」の作品は、作品と鑑賞者との関係性を重視する傾向がありました。素材が置かれた空間や、光の当たり方によって作品の印象が変化するため、鑑賞者は作品との対話を通じて、その存在のあり方を再認識することが求められました。
李禹煥（リ・ウファン）: 「もの派」の理論的な支柱となった作家。韓国出身で、哲学的な視点から作品を制作しました。
関根伸夫（せきね・のぶお）: 『位相—大地』の発表により「もの派」の活動開始に大きな影響を与えました。
吉田克朗（よしだ・かつろう）: 多様な素材を用いて、空間と物質の関係性を探求しました。
成田克彦（なりた・かつひこ）: 木材や金属を素材とし、それらの特性を活かした作品を制作しました。
小清水漸（こしみず・すすむ）: 石や鉄などの素材を、最小限の加工で提示する作品が特徴です。
菅木志雄（すが・きしお）: 空間と素材の関係性を重視した作品を展開しました。
榎倉康二（えのくら・こうじ）: 壁や床などの構造に着目した作品が特徴です。
高山登（たかやま・のぼる）: 素材の持つテクスチャと空間構成を意識した作品が知られています。
原口典之（はらぐち・のりゆき）: 油を素材にした作品で、存在の奥行きを表現しました。
「もの派」は、日本の現代美術史において、非常に重要な位置を占める美術運動です。その活動は短期間で終わりましたが、その後の日本の美術に大きな影響を与えました。彼らの作品は、素材そのものが持つ存在感や、空間との関係性を重視した点において、今日でも多くの作家に影響を与え続けています。
「もの派」の美術は、既存の芸術概念に疑問を投げかけ、素材と空間、鑑賞者との関係性を問い直すことで、現代美術の可能性を大きく広げました。また、彼らが提示した作品は、西洋的な美術の概念とは異なる、東洋的な思想や美意識を反映しているとも評価されています。
1970年2月号の『美術手帖』特集「発言する新人たち」は、座談会には「李＋多摩美系」の作家たちが集いました。
峯村敏明 『彫刻の呼び声』 水声社、2005年。
椹木野衣 『日本・現代・美術』 新潮社、1998年。
千葉成夫 『現代美術逸脱史』 晶文社、1986年。
李禹煥 『出会いを求めて—現代美術の始源』 美術出版社、2000年。
彦坂尚嘉 『反覆／新興芸術の位相』 田畑書店、1974年。
秋丸知貴 「関根伸夫《位相‐大地》論――観念性から実在性へ」『美術評論＋』2024年3月20日公開。
李禹煥美術館
斎藤義重
前衛芸術
鎌倉画廊「「モノ派」とは何であったか」
* 多摩美術大学「シンポジウム 「もの派とアーカイヴ」―海外への発信をめざして―」
概要
「もの派」は、当時の日本の前衛美術の主流であった反芸術的な傾向への反発として生まれました。彼らは、既存の芸術概念を解体し、素材そのものへの還元を通じて、芸術の再創造を目指しました。「もの派」という名称が誰によって名付けられたかは明確ではありません。
1968年、関根伸夫が『位相—大地』を発表し、それを見た李禹煥が新たな視点からこの作品を評価し、理論づけたことが「もの派」の始まりとされています。この二人による研究会に、関根の多摩美術大学の後輩である吉田克朗、成田克彦、小清水漸、菅木志雄らが参加しました。彼らは皆、多摩美術大学の齋藤義重教室の生徒でした。さらに、他の大学からも榎倉康二、高山登、原口典之らが加わり、それぞれが作品を発表しました。
1970年2月号の『美術手帖』では、「発言する新人たち」という特集が組まれ、座談会には「李＋多摩美系」の作家たちが集いました（ただし、本田眞吾は欠席）。この特集が、事実上の「もの派宣言」とされています。しかし、「もの派」は自主的な企画展を開催することはなく、1970年の夏ごろからは、参加した作家たちがそれぞれの独自の作風へと分散していきました。
「もの派」の背景と特徴
「もの派」の出現は、当時の美術界における反動的な動きとして捉えられます。それまでの抽象表現主義や反芸術運動が、しばしば観念的な表現や概念に偏っていたのに対し、「もの派」は具体的な物質そのものに焦点を当てました。
彼らが用いた素材は、自然界に存在する石や木、あるいは工業製品である鉄板やパラフィンなど、ごく日常的なものでした。これらの素材を加工せず、あるいは最小限の加工にとどめて提示することで、素材の持つ固有の質感や存在感を際立たせようとしました。
また、「もの派」の作品は、作品と鑑賞者との関係性を重視する傾向がありました。素材が置かれた空間や、光の当たり方によって作品の印象が変化するため、鑑賞者は作品との対話を通じて、その存在のあり方を再認識することが求められました。
「もの派」の作家たち
李禹煥（リ・ウファン）: 「もの派」の理論的な支柱となった作家。韓国出身で、哲学的な視点から作品を制作しました。
関根伸夫（せきね・のぶお）: 『位相—大地』の発表により「もの派」の活動開始に大きな影響を与えました。
吉田克朗（よしだ・かつろう）: 多様な素材を用いて、空間と物質の関係性を探求しました。
成田克彦（なりた・かつひこ）: 木材や金属を素材とし、それらの特性を活かした作品を制作しました。
小清水漸（こしみず・すすむ）: 石や鉄などの素材を、最小限の加工で提示する作品が特徴です。
菅木志雄（すが・きしお）: 空間と素材の関係性を重視した作品を展開しました。
榎倉康二（えのくら・こうじ）: 壁や床などの構造に着目した作品が特徴です。
高山登（たかやま・のぼる）: 素材の持つテクスチャと空間構成を意識した作品が知られています。
原口典之（はらぐち・のりゆき）: 油を素材にした作品で、存在の奥行きを表現しました。
「もの派」の意義と影響
「もの派」は、日本の現代美術史において、非常に重要な位置を占める美術運動です。その活動は短期間で終わりましたが、その後の日本の美術に大きな影響を与えました。彼らの作品は、素材そのものが持つ存在感や、空間との関係性を重視した点において、今日でも多くの作家に影響を与え続けています。
「もの派」の美術は、既存の芸術概念に疑問を投げかけ、素材と空間、鑑賞者との関係性を問い直すことで、現代美術の可能性を大きく広げました。また、彼らが提示した作品は、西洋的な美術の概念とは異なる、東洋的な思想や美意識を反映しているとも評価されています。
脚注
1970年2月号の『美術手帖』特集「発言する新人たち」は、座談会には「李＋多摩美系」の作家たちが集いました。
参考文献
峯村敏明 『彫刻の呼び声』 水声社、2005年。
椹木野衣 『日本・現代・美術』 新潮社、1998年。
千葉成夫 『現代美術逸脱史』 晶文社、1986年。
李禹煥 『出会いを求めて—現代美術の始源』 美術出版社、2000年。
彦坂尚嘉 『反覆／新興芸術の位相』 田畑書店、1974年。
秋丸知貴 「関根伸夫《位相‐大地》論――観念性から実在性へ」『美術評論＋』2024年3月20日公開。
関連項目
李禹煥美術館
斎藤義重
前衛芸術
外部リンク
鎌倉画廊「「モノ派」とは何であったか」
* 多摩美術大学「シンポジウム 「もの派とアーカイヴ」―海外への発信をめざして―」
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