アイソン彗星

アイソン彗星は、国際的な観測ネットワークの名を冠した彗星です。正式な仮符号はC/2012 S1と定められています。この彗星は2012年 9月21日、ロシアにあるキスロヴォツク天文台にて、ヴィタリー・ネフスキー氏とアルチョム・ノヴィチョノク氏によって発見されました。その名称は、彼らが所属する観測チームである国際科学光学ネットワーク（International Scientific Optical Network、略称ISON）にちなんで命名されています。発見された時点での明るさは、非常に淡い19等級でしたが、発見された場所が地球からおよそ10億キロメートルも離れた木星軌道付近であったことを考慮すると、実際には相当な明るさを持つ彗星であったことが推測されました。

特異な軌道と予測された輝き

アイソン彗星の軌道は、太陽に極めて接近する「サングレーザー」と呼ばれるタイプに属しています。最も太陽に近づく近日点距離はわずか187万キロメートル（約0.0125天文単位）で、これは太陽の表面から測っても117万キロメートルという近さです。この軌道の性質から、1680年に出現し「大彗星」として記録されたキルヒ彗星（C/1680 V1）と軌道が類似していることが指摘され、これに匹敵するか、あるいはそれ以上の明るさになるのではないかと大きな期待が寄せられました。2013年の11月には肉眼でも観測できるようになると予測され、特に近日点通過前後の11月28日頃には、視等級がマイナスに達し、金星や満月をも凌ぐほどの輝きを見せる可能性も示唆されていました。一方で、過去には予測ほど明るくならなかった1973年のコホーテク彗星のような例もあり、アイソン彗星に関しても予測通りの壮大なショーが見られるかは不確実であるという見方も存在しました。

この彗星の軌道は、おそらく太陽系の遥か外側にあるオールトの雲を起源としていると考えられています。現在の観測データからは、軌道の離心率が1を超える双曲線軌道である可能性が非常に高いと計算されています。これは、その軌道が変わらない限り、今回の太陽への接近が、彗星が太陽系の内側領域に足を踏み入れる最初で最後の機会であり、二度と太陽の近くへ戻ってくることはないことを意味しています。

近日点までの観測

アイソン彗星は、近日点に到達するまでの間、様々な観測が行われました。2013年 1月17日から18日にかけては、NASAの彗星探査機エポキシが約7億9300万キロメートル離れた位置から彗星の姿を捉えました。この時、彗星自体はまだ太陽から7億6300万キロメートルほど離れていましたが、すでに6万4400キロメートルを超える長さの尾が確認されています。同年6月13日には、スピッツァー宇宙望遠鏡が観測を行い、およそ30万キロメートルに伸びるダストテイルの存在を確認しました。さらに、二酸化炭素を主成分と推定されるガスの放出も観測されており、この時点では一日あたり約1000トンのガスと約5万4000トンのダストを放出していると推定されていました。

2013年 11月16日には、京都産業大学の研究チームがすばる望遠鏡の分光器を用いてアイソン彗星のスペクトルを観測し、ナトリウム原子の輝線が豊富に含まれていることを発見しました。通常、ナトリウム原子は彗星の核から放出された塵に由来すると考えられていますが、この観測時には塵による反射光が少なかったため、その起源については謎が残りました。

また、近日点通過前の2013年 10月1日には、火星から約1080万キロメートルという比較的近い距離を通過しました。この機会を捉えようと、NASAのマーズ・サイエンス・ラボラトリーやマーズ・リコネッサンス・オービター（MRO）が撮影を試み、特にMROに搭載された高解像度カメラHiRISEは、アイソン彗星の撮影に成功しています。

近日点通過と彗星の終焉

そして迎えた2013年 11月28日、アイソン彗星は太陽に最も接近しました。しかし、NASAは最接近時に彗星が消滅した可能性が高いと発表しました。太陽に極めて近付いたことで、2760度にも達すると推定される超高温による核内部での蒸気圧の上昇や、太陽の強い重力による潮汐力の影響を受けて、彗星の核が崩壊し、蒸発してしまったと考えられたのです。ところが、その翌日になって状況は一変します。太陽観測衛星の映像に再び彗星らしきものが映し出されたため、NASAは彗星の一部が生き残っている可能性を示唆する発表を行いました。しかし、その明るさは近日点に接近する前に比べて大幅に低下していました。

12月2日、NASAは改めて見解を発表し、「太陽最接近後に何らかのものが再出現したことは明らかだが、それが単なる破片なのか、あるいは核の残骸なのかは不明である」としつつも、「現時点では塵しか残っていない可能性が高い」という認識を示しました。太陽観測衛星SOHOのデータによると、アイソン彗星に異変が生じ始めたのは、近日点通過の直前、日本時間の11月28日19時頃でした。この時刻以降、彗星の光度が急速に低下し始め、その後、太陽やその周辺を遮る遮光板に隠れて観測視野から姿を消しました。近日点を通過し、遮光板の背後から再び姿を見せた時、アイソン彗星は予想されていたよりもはるかに暗く、広がり始めたV字型の尾を伴っているだけでした。尾の形態を詳細に分析した結果、遮光板の向こうから再出現した時点では、彗星は残骸としては存在しているものの、それ以上の新たな塵を放出するような彗星活動は完全に終了していたと見られています。

近日点通過直後に観測された暗い尾は、もはや塵の供給源を失い、拡散を続けるばかりでした。その表面の明るさは、12月5日の時点では天の川の中で最も明るい部分のわずか5分の1程度にまで落ち込むと推定されました。これは、「天の川がはっきりと見えるような暗い夜空でも、ようやく視認できるかどうか」というレベルの明るさであり、肉眼での観測は事実上不可能となりました。

NASAのアイソン彗星観測キャンペーン（CIOC）によると、12月1日時点での明るさは8.5等級、そして12月5日にはおよそ11等級までさらに低下していました。そして、12月20日には、NASAがハッブル宇宙望遠鏡による観測でもアイソン彗星の残骸を捉えられなかったと発表しました。ハッブル望遠鏡の観測限界（25等級）から計算すると、もし彗星の破片が直径160メートル以上の大きさであれば観測できたはずであり、アイソン彗星はそれ以下の微細なサイズにまで完全に分解してしまった可能性が高いと考えられています。

その後

近日点通過後の12月26日には、地球から約6420万キロメートル（約0.4292天文単位）の距離を通過すると予測されていましたが、彗星が崩壊したため、期待された観測は実現しませんでした。

アイソン彗星は、太陽に一度だけ劇的に接近し、そして消滅するという、オールトの雲起源の彗星がたどる可能性のある壮絶な最期を示した事例となりました。その存在は短期間でしたが、多くの天文ファンに記憶されることとなりました。

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