アイヌ・ガールズ・スクール

アイヌ・ガールズ・スクールは、明治時代後半に北海道札幌で活動した教育施設です。英国聖公会宣教協会（CMS）の宣教師であったジョン・バチェラーによって、アイヌ民族の地位向上とキリスト教の布教を目的として、1899年（明治32年）に開設されました。寄宿舎を備えたこの学校は、アイヌ・ガールズ・ホームとも呼ばれ、当時の名称では「土人基督教徒女子塾」とも称されましたが、設立からわずか数年後の1906年（明治39年）には廃止されています。

この学校の設立には、バチェラーが札幌に拠点を移してからの伝道および社会福祉活動が深く関わっています。1892年（明治25年）に札幌へ転居したバチェラーは、北海道各地、さらには樺太の辺境地帯まで足を延ばし、樺太アイヌやギリヤーク人、オロッコ人といった人々にも広く宣教活動を行いました。

同年、バチェラーは伝道活動の一環として、札幌の自宅隣接地にアイヌ民族のための無料診療所「アイヌ施療病室」を設立しました。この施設は聖公会の財政的支援を受け、アイヌの伝統的な家屋様式である茅葺きの建物が採用されました。しかし、診療所の運営は決して容易ではなく、バチェラーは英国本国の伝道協会にアイヌ民族の困窮を訴えて援助を求めたり、自身の生活費を切り詰めて入院患者の薬代に充てたりしたといわれています。

厳しい状況の中でも、次第に協力者が増え始め、札幌市立病院長の関場不二彦もボランティアで診療に参加するなど、施療病室の評判は北海道全域に広まりました。遠方から毎日多くのアイヌの人々が訪れて混雑しましたが、多くの入院患者がキリスト教の信仰へと導かれ、心身ともに癒されたと伝えられています。この診療所は1908年（明治41年）に閉鎖されるまで、2000人を超えるアイヌ民族の人々を治療した記録があります。

このような医療活動と並行して、バチェラーは教育にも力を入れました。1898年（明治31年）に札幌に新しく住宅を建てたバチェラーは、その翌年の1899年（明治32年）に、自宅の別棟を利用してアイヌ・ガールズ・ホーム／スクールを設立しました。これはアイヌ民族への布教活動の一環として位置づけられました。

同校には、主に11歳から18歳未満のアイヌ民族の少女たちが入学し、寄宿生活を送りました。教育内容としては、祈祷や読書、算術、習字、唱歌、裁縫などが教えられました。開塾当初の生徒は4人でした。読書の教材には「北海道用尋常小学読本」が用いられましたが、この教科書の使用は、アイヌ民族を明治国家の政治的・文化的枠組みに統合しようとする意図があったとされます。その内容はアイヌ民族固有の歴史や文化を顧みないものでしたが、同時にアイヌ民族の社会的地位を高めたいというバチェラーの教育にかける思いも反映されていたと考えられています。

バチェラーは多くの身寄りのないアイヌの女子児童を引き取り、教育の機会を与えました。その中で特に優秀だった向井八重子（後にバチェラー八重子）を支援し、アイヌ・ガールズ・スクールを経て東京の聖ヒルダ神学校（香蘭女学校）に進学させ、最終的には養女として迎え入れています。

アイヌ・ガールズ・ホーム／スクールは1906年（明治39年）に廃止されましたが、この学校はバチェラーがそれ以前、1888年（明治21年）に幌別村（現在の登別市）に設立していた「愛隣学校」（愛憐学校とも）の系譜を受け継ぐものとみなされています。両校は「未開民族の青少年のキリスト教化」という当時の伝道活動の目的を持った学校として捉えることもできます。

アイヌ・ガールズ・スクール廃止後も、バチェラーのアイヌ民族への教育支援は続きました。1920年（大正9年）には、アイヌ民族の子どもたちが中学校以上の教育を受けられるよう、札幌に新たな寄宿舎「バチェラー学園」（アイヌ保護学園）を創設しました。この学園では、札幌に集められたアイヌの子どもたちの生活費や学費を援助し、中学校以上の学校への通学を支えました。この取り組みは、作家の有島武郎にも感銘を与えて寄付を募ったほか、1930年（昭和5年）には新渡戸稲造を会長とする「バチェラー学園後援会」も設立され、活発な募金活動が行われるなど、社会的な支援も得られました。

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