アエロピュルム・ペルニクス

アエロピュルム・ペルニクス (Aeropyrum pernix) は、極限環境に生息する古細菌の一種です。特に、浅い海域の熱水噴出孔付近という、非常に高温の環境を主な生息地としています。この生物は、酸素を生命活動に必須とする偏性好気性生物でありながら、現在までに知られる生物の中で最も高い温度で増殖可能な、類いまれな性質を持つ点で特筆されます。学名であるAeropyrum pernixは、ギリシャ語で「空気」と「炎」を意味する言葉に由来する属名と、顕微鏡観察時に見られた活発な動きからラテン語で「敏捷な」を意味する言葉が付けられた種形容語から成り立っています。

本種は、1996年6月に鹿児島県の小宝島沖、水深約20メートルの比較的浅い海域から初めて分離されました。その形態は、直径0.8〜1.0マイクロメートルほどの、やや不規則な形をした球菌です。運動性のための鞭毛は持たず、代わりに線毛を備えています。栄養摂取に関しては、自ら有機物を合成せず、周囲の有機物を利用する従属栄養方式で生育します。

A. pernixが生存・増殖できる温度範囲は70℃から100℃に及びますが、最も活発に生育するのは90℃から95℃という非常に高い温度です。また、pHに関しては5から9の範囲で生育可能であり、至適pHは7の中性に近いです。塩分濃度についても適応範囲が広く、1.8%から7.0%で生育でき、特に3.5%程度で良好に生育します。1.5%以下の低塩分条件下では細胞が壊れてしまいます。このように極めて高温かつ高塩分といった厳しい環境に適応しているにもかかわらず、最適条件下での世代時間は約200分と速くはありません。しかし、比較的高い菌収量が得られ、培養が容易で有毒なガスを発生しないため、実験材料として有用です。なお、本種に近縁なAeropyrum caminiという種が、2004年に小笠原諸島の水曜海山にある水深1385メートルの深海熱水噴出孔から発見されています。

本種の研究は、ゲノム科学の分野においても重要な貢献をしています。1999年には、日本の研究機関によってAeropyrum pernix K1株の全ゲノム配列が解読されました（後に2006年に修正されています）。これは、クレン古細菌という主要な古細菌のグループとしては、初めて全ゲノム配列が明らかになった事例です。そのゲノムサイズは約167万塩基対、約1700箇所のオープンリーディングフレーム（遺伝子として機能する可能性のある領域）を含んでいます。

ゲノム解析からは、この古細菌のユニークな生化学的特徴が多数明らかになりました。例えば、エネルギー代謝に関わるクエン酸回路の一部の酵素（αケトグルタル酸デヒドロゲナーゼ）を欠く一方、代わりに2-オキソ酸:フェレドキシン酸化還元酵素がその機能の一部を担うなど、独特な代謝経路を持つことが判明しました。また、多くの原核生物で細胞分裂に必須のFtsZやminD、真核生物やユーリ古細菌に見られるDNA結合タンパク質ヒストンを持たず、これらは後にESCRTやAlbaといった代替タンパク質によって機能していることが示されました。これらの発見は、生命が多様な分子機構によって基本的な生命活動を維持しうることを示す重要な例であり、特に極限環境における生命システムの進化や適応メカニズムを理解する上で、Aeropyrum pernixの研究は極めて価値が高いと言えます。

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