アクセル・シュプリンガー

アクセル・シュプリンガー（Axel Springer、本名アクセル・ツェーザル・シュプリンガー、1912年 5月2日 - 1985年 9月22日）は、ドイツのジャーナリストであり、後に出版業界で巨大なメディア帝国を築き上げた実業家です。彼が設立したアクセル・シュプリンガー社（現Axel Springer SE）は、今日ドイツを代表するメディア企業の一つとなっています。

生い立ちとキャリアの始まり

シュプリンガーは、1912年にハンブルク西郊の町アルトナで、出版業を営む家庭に生まれました。家業である「Hammerich & Lesser Verlag」で見習いとして出版の基礎を学び始めた後、ドイツ通信社の前身であるヴォルフ電報局や地元紙『ベルゲドルファー・ツァイトゥング』で実務経験を積みました。1934年に父の出版社に戻り、新聞発行に携わるようになります。彼は経営手腕を発揮し、重役として頭角を現しますが、ナチス体制下で新聞紙不足を理由に進められたメディア統合政策の影響を受け、新聞事業は一時停止を余儀なくされます。第二次世界大戦中、彼は細々と出版活動を継続しました。

戦後の創業とメディア帝国の構築

第二次世界大戦終結後、イギリス軍による占領下にあったハンブルクで、シュプリンガーは当局から出版認可を取得し、1947年にアクセル・シュプリンガー社を設立します。創業当初、『ハンブルガー・アーベントブラット』（夕刊紙）や、後にテレビ番組情報誌として長く親しまれる『Hörzu』などの発行を手掛けました。そして、1952年にはタブロイド紙『ビルト』を創刊します。『ビルト』はセンセーショナルな報道で人気を博し、西ドイツの世論に大きな影響力を持つまでに成長しました。1980年代には読者数が500万部に達し、ヨーロッパで最も読まれる新聞の一つとなります。また、1953年にはイギリス占領軍が『タイムズ』をモデルに創刊した高級紙『ディ・ヴェルト』を買収し、報道の多様性を広げました。

思想と事業拡大

1950年代以降、シュプリンガーは精力的に新たな新聞や雑誌の創刊、既存媒体の買収を進め、事業を拡大しました。彼のメディアは、一般大衆向けの娯楽路線と並行して、明確な政治的保守路線を打ち出しました。シュプリンガーは、自由、法治主義、西側諸国の価値観を強く擁護し、アメリカ合衆国との同盟維持、ユダヤ人とドイツ人の和解促進、イスラエルの生存権支持、市場経済の原則支持、そして欧州統合といった主張を展開しました。これらの論陣は、戦後ドイツ社会において大きな影響力を持つ一方で、激しい論争を巻き起こすことにもなります。

社会的反発と衝突

シュプリンガーのメディアが展開する保守的な政治的主張は、特に1960年代末の左翼学生運動との間に深刻な対立を生じさせました。学生運動の活動家たちは、『ビルト』などが学生運動を批判し、社会不安を煽っていると見なし、シュプリンガー社を攻撃の標的としました。1968年には、学生運動の主要指導者であるルーディ・ドゥチケが襲撃される事件が発生しましたが、過激化した学生たちは、この事件が『ビルト』の反学生運動キャンペーンと関連があるとして、シュプリンガー社に対する大規模な抗議デモや社屋の封鎖といった実力行使に出ました。これにより、西ドイツ各地の都市で警察との激しい衝突が発生しました。シュプリンガー自身も、当時の「経済の奇跡」を批判する人々を厳しく非難するなど、自らの主張を譲りませんでした。さらに、1970年代にはドイツ赤軍などの極左テロ組織による、シュプリンガー社の施設に対する爆弾テロも発生しています。

こうしたメディアの扇情主義とそれを取り巻く社会状況は、文学作品にも影響を与えました。ノーベル文学賞作家ハインリヒ・ベルの1974年の小説『カタリーナの失われた名誉』では、主人公の人生を破滅に追いやる架空のタブロイド紙が登場しますが、これは『ビルト』がモデルの一つとされています。

晩年と会社の現在

アクセル・シュプリンガーは、1985年に西ベルリンでその生涯を終えました。彼の死後もアクセル・シュプリンガー社は成長を続け、今日ではドイツ最大の新聞、雑誌、デジタルメディアのコングロマリットとして知られています。1999年時点では、ドイツの新聞・雑誌市場の約24%を占有しており、180以上の媒体を発行し、ドイツ国内だけでなく中欧・東欧諸国でも事業を展開しています。長らく株式上場企業でしたが、2019年には投資ファンドであるKKRによる株式公開買付けに応じ、非上場化されました。シュプリンガーが築いたメディア帝国は、その後のドイツのメディア環境と社会に強い影響を残しています。

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