アクタイオンの死

『アクタイオンの死』は、ルネサンス期の巨匠ティツィアーノ・ヴェチェッリオが、1559年頃から1576年に亡くなるまで制作を続けた油彩画です。この作品は、ギリシャ神話の有名なエピソード、すなわち女神アルテミス（ローマ神話ではディアナ）と、テーバイの王族アクタイオンの悲劇的な物語を主題としています。

主題

古代ローマの詩人オウィディウスの『変身物語』によれば、アクタイオンは狩猟中、キタイロン山のガルガピアの谷でアルテミスがニンフたちと水浴びをしている場面に遭遇します。聖域でのアルテミスの裸体を目撃したアクタイオンに対し、女神は怒り、彼を鹿に変えてしまいます。変身したアクタイオンは、自身の猟犬に襲われ命を落とすという悲劇的な結末を迎えます。

制作経緯

この作品は、スペイン国王フェリペ2世のために制作された大規模な神話画連作《ポエジア》の一部として計画されました。ティツィアーノはフェリペ2世に宛てた手紙の中で、『猟犬に傷つけられたアクタイオン』という作品の制作意図を伝えており、この作品が『アクタイオンの死』であると考えられています。

《ポエジア》は、『ダナエ』、『ヴィーナスとアドニス』、『ペルセウスとアンドロメダ』、『ディアナとアクタイオン』、『ディアナとカリスト』、『エウロペの略奪』などから構成されていますが、『アクタイオンの死』はフェリペ2世に届けられることはなく、連作の一部として扱われないこともあります。

制作は1570年代に集中したと考えられますが、部分的には1560年代半ばまで遡る可能性もあります。ティツィアーノ自身、完成に満足できなかったようで、亡くなるまで工房に残されたままになっていました。署名があることから完成作とみなす見解もありますが、議論の余地が残されています。

作品の特徴

ティツィアーノは、以前にも『ディアナとアクタイオン』で同様の主題を描いています。しかし、本作では、アクタイオンが鹿に変身する過程と、猟犬によって引き裂かれる場面が描かれています。オウィディウスの記述とは異なり、アクタイオンはまだ人間の要素を残しており、鹿の角が生え、体毛に覆われているものの、完全に変身してはいません。

画面左前景には、弓を構えるディアナが描かれています。オウィディウスの物語では、ディアナが矢を放つ描写はありませんが、他の古典文献にはアクタイオンを追跡するディアナの記述があります。ティツィアーノは、ディアナが矢を放つ瞬間を描写しようとしたと考えられますが、絵画に矢は描かれていません。また、ティツィアーノが他の《ポエジア》で描いた女神の三日月形の装飾がないことが、初期の批評家を悩ませました。

この主題はイタリア美術では比較的珍しく、ティツィアーノは参照する図像を持たずに制作した可能性があります。晩年のティツィアーノは、大胆で自由な技法を用いて、絵画の様々な部分を異なる仕上げの状態で残しました。深みのある色彩や、指を使った絵具の塗り方も特徴的です。未完の部分が残されている可能性もありますが、それも含めてティツィアーノの晩年の表現力豊かなスタイルが示されています。

来歴

『アクタイオンの死』は、ティツィアーノの死後、遺産相続人によって売却されました。その後、ハミルトン公爵、大公レオポルト・ヴィルヘルム、スウェーデン女王クリスティーナ、オルレアン・コレクションなどを経て、最終的にはロンドンのナショナル・ギャラリーに所蔵されることになります。ナショナル・ギャラリーの取得には、寄付と政府の支援が重要な役割を果たしました。

ギャラリー

この絵画は、大公レオポルト・ヴィルヘルムのコレクションに属していた際に、ダフィット・テニールスによって描かれた『ブリュッセルの画廊における大公レオポルト・ヴィルヘルム』に登場しています。

他の《ポエジア》

• - 『ダナエ』
• - 『ヴィーナスとアドニス』
• - 『ペルセウスとアンドロメダ』
• - 『ディアナとアクタイオン』
• - 『ディアナとカリスト』
• - 『エウロペの略奪』

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