ディアナとアクタイオン

『ディアナとアクタイオン』は、ルネサンス期の巨匠ティツィアーノ・ヴェチェッリオが1556年から1559年にかけて制作した油彩作品です。この絵画は、ギリシア神話における猟師アクタイオンが、女神ディアナ（アルテミス）とそのニンフたちの水浴びを偶然目撃してしまうという有名なエピソードを題材にしています。

作品の構成と背景

画面右側には、突然の闖入者に驚き、とっさに身を隠そうとするディアナが描かれています。彼女は衣で裸身を覆い隠そうとしており、その優美なポーズは見る者を惹きつけます。一方、左側には、この光景に驚き、後ずさりするアクタイオンが配置されています。この瞬間的な動きと感情を見事に捉えた構図は、ティツィアーノの卓越した技量を示しています。

この作品は、ティツィアーノがオウィディウスの『変身物語』から題材を得て描いた連作「ポエジア」の一つです。もともとスペイン王フェリペ2世の依頼によって制作され、王室コレクションとして保管されていましたが、18世紀初頭にはフランスへと渡り、オルレアン公フィリップ2世のコレクションに収められました。

オルレアン・コレクションとその歴史

オルレアン・コレクションは、当時ヨーロッパでも有数の美術コレクションとして知られていました。しかし、フランス革命の勃発によって、コレクションは散逸の危機に瀕します。オルレアン公ルイ・フィリップ2世は、コレクションをブリュッセルの画商に売却し、その後ロンドンで公開されました。1798年、その大部分は、石炭王として知られる第3代ブリッジウォーター公フランシス・エジャートンによって購入されました。この中には、『ディアナとアクタイオン』の他、ティツィアーノの『ディアナとカリスト』、さらにはプッサンやラファエロ、レンブラントといった巨匠たちの作品も含まれていました。

ブリッジウォーター・コレクションから一般公開へ

ブリッジウォーター公がこれらの作品を購入するにあたり、大きな影響を与えたのは甥のジョージ・グランヴィル・レヴェソン＝ガウアー（後の初代サザーランド公爵）でした。ブリッジウォーター公の死後、コレクションはガウアーに遺贈され、ウェストミンスターのブリッジウォーター・ハウスで一般公開されるようになりました。このコレクションを初めて目にした批評家ウィリアム・ハズリットは、その美しさに圧倒され、「見知らぬ楽園が目の前に広がっているようだった」と語っています。

第二次世界大戦中、コレクションは安全のためスコットランドへと移されました。戦後は、スコットランド国立美術館で「ブリッジウォーター公からの貸与絵画」として、長年にわたり一般公開されてきました。この間、『ディアナとアクタイオン』は、ターナーやルシアン・フロイドといった多くの芸術家たちにインスピレーションを与え続け、フロイドはコレクションを「世界で一番美しいコレクション」と評しました。

2008年、コレクション売却の危機

しかし、2008年、第7代サザーランド公フランシス・ロナルド・エジャートンがコレクションの一部を売却する意向を発表しました。これは、資産の多様化を目的としたものでしたが、各方面から大きな波紋を呼びました。彼は、国立美術館に対し、市場価格の3分の1程度の価格で買い取るよう求め、応じない場合はオークションに出品するとしました。

美術館の共同購入と国民の支援

これに対し、スコットランド国立美術館とナショナル・ギャラリーが共同で名乗りを上げ、『ディアナとアクタイオン』を分割払いで購入することに合意しました。この購入には、アート・ファンドや文化メモリアル基金からの資金拠出、さらには一般からの寄付も加わり、国民的な支援を受けて実現しました。

この騒動は、メディアでも大きく取り上げられ、時には過激な報道もありましたが、最終的に『ディアナとアクタイオン』はイギリスに残ることになりました。現在はナショナル・ギャラリーに展示されており、その後はスコットランド国立美術館との間で交互に展示されることになっています。また、2011年には、200年ぶりにイギリスを離れ、ミネアポリス美術館で特別展示されました。

『ディアナとアクタイオン』は、その美しい色彩と構成、そして神話的な背景によって、今日に至るまで多くの人々を魅了し続けています。

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