アシブトメミズムシ

アシブトメミズムシ（学名：Nerthra macrothorax）は、カメムシ目に分類される昆虫の一種です。日本では本科（アシブトメミズムシ科 Gelastocoridae）に属する唯一の種として知られており、主に熱帯地域を中心に広く分布するグループです。海岸の砂浜という特殊な環境に生息しており、その平たい体とユニークな生態が特徴です。

この昆虫の体は全体的に幅広く、著しく扁平な形状をしています。色は黒褐色または黄褐色を呈し、表面には微細な凹凸が多く、光沢はありません。体のアウトラインは丸みを帯びた四角形に近く、見る者に独特な印象を与えます。カメムシ目としては珍しく単眼を持たず、触角は複眼の下にある溝の中に収納されるようになっています。頭部は前後に短く、顔面には円錐状の突起が３つ三角形に配置されています。前胸背は横に幅広く、その側縁は平らです。背面にある小楯板は非常に小さいのが特徴です。口吻は頭部の下面、後端近くから出ており、比較的短い構造をしています。特に注目すべきは前脚で、腿節が非常に太く発達し、跗節が鉤状になっています。この二つの部位が組み合わさることで、獲物をしっかりと掴むための鎌のような構造を形成しています。

アシブトメミズムシは主に夜行性で、昼間は砂浜に生える草の根元や倒れた枯れ木の下などに隠れて過ごします。特にアダンのようなタコノキ類の枯れ木によく潜り込むことが知られています。この枯れ木に潜む習性は、本種が太平洋の広範囲に分布していることと関連がある可能性が指摘されています。つまり、嵐や潮流によって枯れ木が運ばれる際に、虫も共に分散するという考え方です。生息地では、比較的多くの個体がまとまって見られることもあります。興味深いことに、小笠原諸島では海岸だけでなく、山の中や時には尾根沿いでも発見されることがあります。夜間になり活動を始めると、地面をゆっくりと這い回ります。その動きは素早くなく、時折立ち止まりながら小刻みに動く様子が見られます。淡水に生息するメミズムシのように走り回ったり跳ねたりすることはありません。もしひっくり返されてしまっても、後脚をテコのように使って前向きに器用に起き上がることができます。

彼らの主な餌は、生息環境を共有する動きの遅い陸生甲殻類、特にダンゴムシやワラジムシの仲間です。砂浜に多く見られるハマダンゴムシは格好の獲物となります。獲物を見つけると、特徴的な太い前脚の鎌状構造でしっかりと抱え込みます。そして、獲物の体節の間などの隙間に口吻を差し込んで体液を吸います。飼育下では、ユスリカの幼虫や成虫、ヨコバイなどを与えて飼育された例もあります。本種は昆虫としては比較的長寿であり、飼育下では成虫で一年以上生存した記録があります（宮本 1954）。また、成虫で冬を越し、11月から4月にかけては餌を全く摂らなかったという観察記録もあります。

日本の国内では、南九州から南西諸島にかけて分布しています。南西諸島では屋久島以南の多くの島で確認されており、比較的新しい記録として南大東島でも2006年に発見されています。これらの地域の他に、小笠原諸島からも記録されています。日本国外では、フィリピンから東方へ広がる太平洋諸島に広く分布しており、南はニューギニアやオーストラリアまで確認されています。ただし、海外の文献には日本の産地として四国（足摺岬）が記されている例もありますが、日本の文献ではあまり取り上げられていないのが現状です。

分類学的には、本種はアシブトメミズムシ科（Gelastocoridae）に属しています。前述の通り、この科に属する昆虫で日本に生息しているのはアシブトメミズムシのみです。同じ属に分類される種は、ウォレス線より東の東南アジア地域から９種が知られています。日本の昆虫の中で、形態的にやや似ているとされるものに、淡水の水辺に普通に見られるメミズムシ科のメミズムシがいます。しかし、アシブトメミズムシはメミズムシよりもはるかに大型である点や、メミズムシ科の幼虫が背面の分泌腺から泥を被るという独特の習性を持つことに対し、本種の幼虫にはそのような習性がない点で明確に区別できます。

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