アスカラポス

アスカラポス（古希: Ἀσκάλαφος, ラテン語: Ascalaphus）という名は、ギリシア神話において主に二人の異なる人物を指します。一人は冥界に関わるエピソードで知られる河神アケローンの子、もう一人はトロイア戦争で活躍した軍神アレスの子です。

河神アケローンの子

このアスカラポスは、冥界を流れる河の神アケローンを父に持ちます。母親については諸説あり、冥界のニュムペーであるゴルギューラやオルプネー、あるいは大洋神オケアノスの娘とされるステュクスの名が挙げられています。

彼の最も有名なエピソードは、冥界の王ハーデースによって地下世界に連れ去られたペルセポネーに関わるものです。ペルセポネーは母親である豊穣の女神デーメーテールに再会するため地上に戻る機会を得ますが、冥界の食物を口にしてしまうと、完全に地上へは戻れなくなるという掟がありました。アスカラポスは、ペルセポネーが地下世界のザクロの実を少し食べた場面を目撃し、この事実をハーデースに告げました。この証言の結果、ペルセポネーは完全に地上に戻ることができず、一年のうち三分の一を冥界で過ごさなければならなくなりました。これは、地上に冬が訪れる原因を説明する神話として語り継がれています。

娘のペルセポネーが冥界に縛られることになった原因を作ったアスカラポスに対し、デーメーテールは激怒し、彼の上に大きな岩を置いてしまいました。彼はその岩の下に閉じ込められましたが、後に大英雄ヘーラクレースが冥界へ降りた際に助け出されたと言われています。しかし、デーメーテールの怒りは収まらず、アスカラポスは不吉な鳥とされるミミズクの姿に変えられてしまいました。別の伝承（オウィディウスの『変身物語』による）では、彼をミミズクに変えたのはペルセポネー自身であったとも語られています。

軍神アレスの子

もう一人のアスカラポスは、戦いを司る神アレスと、アゼオスの子アクトールの娘であるアステュオケーとの間に生まれました。彼はイアルメノスという兄弟を持ち、二人揃ってテーバイの北に位置するオルコメノスの地を治めていました。彼らの家系は、金羊毛探索譚で知られるプリクソスの子孫にあたるとされています。

彼はスパルタ王テュンダレオースの娘で絶世の美女ヘレネーに求婚した多くの英雄の一人としても名を連ねています。また、一説にはイアーソーン率いるアルゴナウタイの一員として、金羊毛を求めた冒険に参加したとも伝えられています。

特に彼の活躍が記されているのは、ホメロスの叙事詩『イリアス』に描かれたトロイア戦争です。アスカラポスは、兄弟イアルメノスと共にオルコメノスとアスプレドンの軍勢を率いてトロイア遠征に参加しました。その兵力は30隻の船に及んだとされます。

戦場において、クレーテー島の指導者イードメネウスがトロイアの武将アイネイアースの義兄アルカトオスの遺体を巡ってトロイア軍と激しく争っていた際、アスカラポスは味方を助けようと加勢しました。しかし、その時、トロイア軍の勇士デーイポボスが投げた槍が彼を捉え、アスカラポスは命を落としてしまいました。彼の死は両軍をさらに激昂させ、今度はアスカラポスの遺体を巡る激しい争奪戦が勃発しました。デーイポボスがアスカラポスの武具を奪おうと近づいた際、ギリシア側のメーリオネースによって負傷させられ、仲間ポリーテースの助けを得てようやく戦場から退却しました。

遠くオリュンポスにいたアレスは、この時まだ息子の死を知りませんでした。しかし、女神ヘーラーがこの悲報をアレスに伝えると、アレスは息子の死を深く嘆き悲しみました。そして、最高神ゼウスの定めた戦場の規律を無視してでも、息子の仇を討ちに自ら戦場へ赴こうとしましたが、女神アテーナーによってその衝動を抑えられたと伝えられています。

このように、アスカラポスという名は、それぞれ異なる神話世界で重要な役割を担った二人の人物に与えられています。

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