イードメネウス

ギリシア神話において、クレーテー島を統治した王です。彼の名は古代ギリシア語で「イーデーの力」という意味を持ち、長母音を省略してイドメネウスとも表記されます。父はデウカリオーン、母はクレーテーと考えられており、異母兄弟にはモロスがいます。特に有名なのは、クレーテー王家の祖とされる偉大な王ミーノースの孫にあたるという系譜です。イードメネウスにはオルシロコスという息子がいました。

トロイア戦争での役割

イードメネウスは、スパルタ王メネラーオスの妃ヘレネーの絶世の美しさに魅せられ、彼女に求婚した多くの英雄たちの一人でした。ヘレネーがオデュッセウスの助言に従ってメネラーオスを選び、後にトロイアのパリスに連れ去られたことでトロイア戦争が勃発すると、イードメネウスはかつての誓いを果たすべく、クレーテー島から80艘もの船団と兵士を率いてアカイア（ギリシア）勢に加わりました。この遠征において、彼の従者であり信頼できる戦友であったのは、異母兄弟モロスの息子メーリオネースです。

トロイア戦争が開戦した当時、イードメネウスはすでに初老の域に達していましたが、アカイア軍の中で重要な役割を果たしました。彼はアガメムノーン王の助言者の一人として、その豊富な経験と知恵を評価されていました。激しい戦況の中、アガメムノーン、ディオメーデース、オデュッセウスといった主要な英雄たちが次々と傷つき倒れる危機に瀕した際には、その高齢にもかかわらず最前線で奮戦し、アカイア勢の壊滅を防ぐために大きな貢献をしました。

特に有名なのは、トロイア滅亡の鍵となったトロイアの木馬に潜入した精鋭の一人として選ばれたことです。木馬からの奇襲では、彼は見事に13人の敵兵を討ち取り、さらにはトロイア側の援軍であったアマゾーンの女戦士ブレムーサをも倒すなど、優れた武勇を示しました。長きにわたる苦難の戦争を生き延び、イードメネウスは故郷クレーテー島への帰途につきます。

帰国後の悲劇

しかし、彼の物語は戦後も平穏では終わりませんでした。後の時代の伝承、特にアテーナイのアポロドーロスによる記述によると、帰還の航海中に激しい嵐に遭遇したイードメネウスは、海の神ポセイドーンに救いを求め、「無事に国へ帰れたならば、最初に自分を迎えた者を生贄として捧げる」という誓いを立ててしまいます。皮肉なことに、帰国して彼を一番に出迎えたのは、心待ちにしていた息子オルシロコスでした。誓いを破ることを恐れたイードメネウスは、苦悩の末に息子を神への犠牲として捧げてしまったと伝えられています。

この悲劇的な行為は、神の怒りを招いたとも、あるいは単に非道な行為と見なされたとも言われ、結果としてクレーテー島には疫病が蔓延したとされます。島民は相次ぐ不幸の原因をイードメネウスの行いに求め、彼をクレーテー島から追放しました。追放されたイードメネウスは、小アジア（アナトリア半島）のコロポーンに移り住み、そこでその生涯を終えたとされています。

ただし、帰国後のイードメネウスの運命については、別の伝承も存在します。それによれば、彼がトロイア戦争に参加している間に、レウコスという人物がイードメネウスの妻メーダーを誘惑し、後に殺害。さらに王位を簒奪し、帰還したイードメネウスを島から追放したと語られています。

後世への影響と関連

イードメネウスは古代の文献に多く登場する人物ですが、現代の研究においても彼の名が注目されることがあります。例えば、未解読の古代文字が刻まれたファイストスの円盤には、i-du-ma-naと読める単語が存在し、これがイードメネウスを指しているのではないかという仮説がAchterbergらによって提唱されています（ただし、これはあくまで仮説の段階です）。

また、彼の帰国後の悲劇的な物語は、後の芸術作品の題材ともなりました。特に有名なのは、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトが1781年に作曲したオペラ・セリア『イドメネオ』です。この作品は、ポセイドーンへの誓いと、息子を犠牲にするか否かという苦悩、そしてその後の展開を dramatic に描いています。

古代ローマの著述家マルクス・テレンティウス・ウァッローは、イタリア南部に住んでいたサレンティーニ人がイードメネウスの子孫であると述べています。これは、彼が追放後にイタリア半島へ渡ったという伝承に基づいている可能性があります。

イードメネウスの物語は、英雄としての武勲と、帰国後に襲いかかる不運、そしてそれが引き起こす悲劇という、人間の力ではどうにもならない運命の残酷さを示唆しています。

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