アドリアン・フルティガー
アドリアン・フルティガー（Adrian Frutiger, 1928-2015）は、20世紀後半から21世紀にかけて活躍したスイスの著名な書体デザイナー、グラフィックデザイナーです。数々の革新的な書体を生み出しただけでなく、公共空間におけるサインシステム設計にも携わり、現代の視覚コミュニケーションに多大な影響を与えました。
アルプス山麓、インターラーケン近郊の機織りを生業とする家庭に生まれたフルティガーは、幼い頃から文字の形に強い関心を示し、独自の筆記体を考案したり、学校で習ったものをアレンジして楽しんでいました。当初は彫刻家を志望していましたが、父親や中学校の教師からの勧めを受け、印刷の世界へと進路を変えました。しかし、書体デザインの基盤となる彫刻への情熱は失わず、仕事の傍ら多くの造形作品を制作し続けました。
高等学校卒業後、18歳で地元の印刷所で見習い植字工として働き始め、活字組版から印刷までの一連の工程を習得しました。その後、チューリッヒ工芸専門学校（現チューリッヒ芸術大学）で木版画、銅版画、彫刻、ドローイングといった多様な美術技法を学びます。ローマ時代の碑文など古典に関する授業を通して、彼は製図用具に頼らず、ペンや平筆のみを用いるカリグラフィーに深く傾倒していきました。卒業制作として発表した「木版に展開したラテン・アルファベットの発達史」が評価され、これを機にパリの活字鋳造所、ドベルニ・エ・ペイニョ社に採用されることになります。
パリでのキャリアは、活字原字製作部での古典活字を機械式父型彫刻機用に起こす作業から始まりました。やがて、写真植字機向けの既存書体翻刻も担当するようになります。1952年頃、同社で金属活字と写真植字の両方に対応する新たな古典的ローマン体開発計画が持ち上がり、そのデザインを任されたのがメリディエンです。15世紀のニコラ・ジェンソンの活字を参考に、直線ではなく柔らかな曲線で構成されたこの書体は、1954年に金属活字、翌1955年に写真植字用として発表されました。フルティガーがデザインした書体として、商業的に初めて発表されたのは、1954年の見出し用書体プレジデントと、同年のインフォーマルなスクリプト体ウンディーヌです。1956年には、スラブセリフ体エジプシャンを発表。これはクラレンドンを基にし、写植用として初めて発注された書体でした。
ドベルニ・エ・ペイニョ社の社長シャルル・ペイニョは、活字と写植で統一して使える包括的なフォントファミリーの実現を目指していました。バウアー社のフーツラの成功を受けて、新しい幾何学的サンセリフに注力しますが、フルティガーはフーツラの構造に疑問を持ち、ネオ・グロテスクに基づいた書体を提案。1896年のアクチデンツ・グロテスクが基本モデルに選ばれました。ここで生まれたのが、フルティガーの代表作の一つとなるユニバースです。21種類ものバリエーションに統一感を持たせるため、全てのウェイトと横幅を納得いくまで手書きで調整しました。ユニバースでは、ウェイトと横幅・斜体を示す2桁のナンバリングシステムを導入。その発表はすぐに好意的な反応を呼び、フルティガー自身、ユニバースがその後の全ての書体の基礎になったと語っています。ユニバースは、後にセリファ（1967年）やグリファ（1977年）の基盤ともなりました。
1970年代初頭、パリ郊外に建設されたシャルル・ド・ゴール国際空港のサインシステム設計を依頼されたフルティガーは、そのための専用書体開発も手がけました。遠方からや斜めの角度からでも高い視認性が求められるこのプロジェクトに対し、当初ユニバースを検討したものの、時代に合わせた改良が必要だと判断。エリック・ギルのギル・サンやロジャー・エクスキュフォンなどヒューマニスト・サンセリフの影響を受けつつ、ユニバースを有機的に調節した書体を開発しました。空港でロワシーと名付けられたこの書体は、1976年にマーゲンターラー・ライノタイプ社から一般リリースされる際に、デザイナーの名を冠してフルティガーと改名され、世界的に広く使われるようになります。
その他の主要な書体としては、初期のプレジデントに似たキャピタルを持ち、象形文字的な小さなセリフが特徴のオールドスタイルセリフ体ヴェルサイユ（1984年）。フランス語で「未来」を意味し、フーツラのような幾何学的な印象とネオ・グロテスクの構造を併せ持つアヴェニール（1988年）。そして、フランクリン・ゴシックなどの影響を受け、エックスハイトが高く小さなサイズでも読みやすいベクトラ（1990年）などがあります。
1990年代後半には、デジタル技術の発展を受けて、ユニバース、フルティガー、アヴェニールといった既存の書体を現代の基準に合わせて洗練・拡張する作業に取り組みました。ユニバースは63バリエーションに拡充され再発表。フルティガーはイタリック体や新たなウェイトが加えられフルティガー・ネクストとして発展しました。アヴェニールは、ライノタイプ社の小林章との共同作業により、lightやheavyのウェイト、コンデンスドなどが追加され、アヴェニール・ネクストとしてリリースされました。
フルティガーのキャリアは、金属活字、写真植字、そしてデジタルタイポグラフィという、書体制作技術の大きな変遷を跨ぐものでした。晩年はスイスに戻り、主に木版制作に時間を費やしました。また、書体デザイン以外にも、スイスの時計メーカーVenturaの限定版腕時計デザイン（2003年）や、インドの国立デザイン研究所（NID）のロゴデザインなど、多岐にわたるグラフィックデザインも手がけています。
フルティガーがデザインした主な書体には、メリディエン (Meridien, 1955)、エジプシャン (Egyptienne, 1956)、ユニバース (Univers, 1957)、セリファ (Serifa, 1967)、OCR-B (1968)、イリジウム (Iridium, 1975)、フルティガー (Frutiger, 1975)、グリファ (Glypha, 1979)、アイコーン (Icone, 1980)、ブリューゲル (Breughel, 1982)、ヴェルサイユ (Versailles, 1982)、ライノタイプ・センテニアル (Linotype Centennial, 1986)、アヴェニール (Avenir, 1988)、ベクトラ (Vectra, 1990)、ライノタイプ・ディド (Linotype Didot, 1991) などがあります。彼の手がけた書体は、コンピュータのGUIデザインのトレンド「Frutiger Aero」の名称の由来となるなど、現代文化にもその影響を残しています。
アルプス山麓、インターラーケン近郊の機織りを生業とする家庭に生まれたフルティガーは、幼い頃から文字の形に強い関心を示し、独自の筆記体を考案したり、学校で習ったものをアレンジして楽しんでいました。当初は彫刻家を志望していましたが、父親や中学校の教師からの勧めを受け、印刷の世界へと進路を変えました。しかし、書体デザインの基盤となる彫刻への情熱は失わず、仕事の傍ら多くの造形作品を制作し続けました。
高等学校卒業後、18歳で地元の印刷所で見習い植字工として働き始め、活字組版から印刷までの一連の工程を習得しました。その後、チューリッヒ工芸専門学校（現チューリッヒ芸術大学）で木版画、銅版画、彫刻、ドローイングといった多様な美術技法を学びます。ローマ時代の碑文など古典に関する授業を通して、彼は製図用具に頼らず、ペンや平筆のみを用いるカリグラフィーに深く傾倒していきました。卒業制作として発表した「木版に展開したラテン・アルファベットの発達史」が評価され、これを機にパリの活字鋳造所、ドベルニ・エ・ペイニョ社に採用されることになります。
パリでのキャリアは、活字原字製作部での古典活字を機械式父型彫刻機用に起こす作業から始まりました。やがて、写真植字機向けの既存書体翻刻も担当するようになります。1952年頃、同社で金属活字と写真植字の両方に対応する新たな古典的ローマン体開発計画が持ち上がり、そのデザインを任されたのがメリディエンです。15世紀のニコラ・ジェンソンの活字を参考に、直線ではなく柔らかな曲線で構成されたこの書体は、1954年に金属活字、翌1955年に写真植字用として発表されました。フルティガーがデザインした書体として、商業的に初めて発表されたのは、1954年の見出し用書体プレジデントと、同年のインフォーマルなスクリプト体ウンディーヌです。1956年には、スラブセリフ体エジプシャンを発表。これはクラレンドンを基にし、写植用として初めて発注された書体でした。
ドベルニ・エ・ペイニョ社の社長シャルル・ペイニョは、活字と写植で統一して使える包括的なフォントファミリーの実現を目指していました。バウアー社のフーツラの成功を受けて、新しい幾何学的サンセリフに注力しますが、フルティガーはフーツラの構造に疑問を持ち、ネオ・グロテスクに基づいた書体を提案。1896年のアクチデンツ・グロテスクが基本モデルに選ばれました。ここで生まれたのが、フルティガーの代表作の一つとなるユニバースです。21種類ものバリエーションに統一感を持たせるため、全てのウェイトと横幅を納得いくまで手書きで調整しました。ユニバースでは、ウェイトと横幅・斜体を示す2桁のナンバリングシステムを導入。その発表はすぐに好意的な反応を呼び、フルティガー自身、ユニバースがその後の全ての書体の基礎になったと語っています。ユニバースは、後にセリファ（1967年）やグリファ（1977年）の基盤ともなりました。
1970年代初頭、パリ郊外に建設されたシャルル・ド・ゴール国際空港のサインシステム設計を依頼されたフルティガーは、そのための専用書体開発も手がけました。遠方からや斜めの角度からでも高い視認性が求められるこのプロジェクトに対し、当初ユニバースを検討したものの、時代に合わせた改良が必要だと判断。エリック・ギルのギル・サンやロジャー・エクスキュフォンなどヒューマニスト・サンセリフの影響を受けつつ、ユニバースを有機的に調節した書体を開発しました。空港でロワシーと名付けられたこの書体は、1976年にマーゲンターラー・ライノタイプ社から一般リリースされる際に、デザイナーの名を冠してフルティガーと改名され、世界的に広く使われるようになります。
その他の主要な書体としては、初期のプレジデントに似たキャピタルを持ち、象形文字的な小さなセリフが特徴のオールドスタイルセリフ体ヴェルサイユ（1984年）。フランス語で「未来」を意味し、フーツラのような幾何学的な印象とネオ・グロテスクの構造を併せ持つアヴェニール（1988年）。そして、フランクリン・ゴシックなどの影響を受け、エックスハイトが高く小さなサイズでも読みやすいベクトラ（1990年）などがあります。
1990年代後半には、デジタル技術の発展を受けて、ユニバース、フルティガー、アヴェニールといった既存の書体を現代の基準に合わせて洗練・拡張する作業に取り組みました。ユニバースは63バリエーションに拡充され再発表。フルティガーはイタリック体や新たなウェイトが加えられフルティガー・ネクストとして発展しました。アヴェニールは、ライノタイプ社の小林章との共同作業により、lightやheavyのウェイト、コンデンスドなどが追加され、アヴェニール・ネクストとしてリリースされました。
フルティガーのキャリアは、金属活字、写真植字、そしてデジタルタイポグラフィという、書体制作技術の大きな変遷を跨ぐものでした。晩年はスイスに戻り、主に木版制作に時間を費やしました。また、書体デザイン以外にも、スイスの時計メーカーVenturaの限定版腕時計デザイン（2003年）や、インドの国立デザイン研究所（NID）のロゴデザインなど、多岐にわたるグラフィックデザインも手がけています。
フルティガーがデザインした主な書体には、メリディエン (Meridien, 1955)、エジプシャン (Egyptienne, 1956)、ユニバース (Univers, 1957)、セリファ (Serifa, 1967)、OCR-B (1968)、イリジウム (Iridium, 1975)、フルティガー (Frutiger, 1975)、グリファ (Glypha, 1979)、アイコーン (Icone, 1980)、ブリューゲル (Breughel, 1982)、ヴェルサイユ (Versailles, 1982)、ライノタイプ・センテニアル (Linotype Centennial, 1986)、アヴェニール (Avenir, 1988)、ベクトラ (Vectra, 1990)、ライノタイプ・ディド (Linotype Didot, 1991) などがあります。彼の手がけた書体は、コンピュータのGUIデザインのトレンド「Frutiger Aero」の名称の由来となるなど、現代文化にもその影響を残しています。
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