アドルフ・ヨーゼフ・ランツ

アドルフ・ヨーゼフ・ランツ（Adolf Josef Lanz、自称イェルク・ランツ・フォン・リーベンフェルス Jörg Lanz von Liebenfels）（1874年 7月19日 - 1954年 4月22日）は、オーストリア出身の評論家、編集者です。かつて修道士であった彼は、後に雑誌『オースタラ』を創刊し、その紙上で過激な反ユダヤ主義や人種主義に基づいた独自の理論を展開しました。

前半生と思想の萌芽

ランツは1874年 7月19日、当時オーストリア＝ハンガリー帝国領だったウィーン近郊のペンツィング村（現在はウィーン市の一部）に、ローマ・カトリックの中産階級の家庭の子として誕生しました。父は教師のヨーハン・ランツ、母はカタリーナ・ホッフェンライヒです。

1893年、彼はシトー派の修道院に入り、ゲオルクという修道名を与えられ、ハイリゲンクロイツ修道院で修道生活を送りました。翌1894年、同修道院でテンプル騎士団に関連する遺物が発見された際、彼はそのレリーフから「啓示を受けた」と主張するようになります。これを機に、彼は独自の金髪・青い目を持つアーリア民族を至高とし、他の民族を「劣等人種」と見なす人種理論を形成し始めました。

1899年に修道院を離れます。ランツ自身は神経衰弱をその理由としましたが、公的な記録には異性との関係（「肉の愛」）が記されており、これが後の反フェミニズム思想に影響した可能性が指摘されています。

「神聖動物学」と過激な主張

1904年、ランツは著書『神聖動物学（Theozoologie）』を発表しました。この中で彼は、病人やいわゆる「劣等人種」に対して、強制労働だけでなく去勢や不妊手術を施すべきだと提唱しました。一方で、アーリア人を「神人（Gottmenschen）」と位置づけ、その優越性を説きました。

彼の「神聖動物学」は、現代でいう未確認動物学的な要素も内包していました。ランツは、自身のグノーシス主義的な人種イデオロギーの根拠を聖書に求めました。彼は、本来神聖な存在であったイヴが悪魔と交わった結果、「劣等人種」が生まれたのだと解釈したのです。さらに、金髪の女性が非白人男性に惹かれるのはこの劣等人種起源によるものだとし、それを阻止するためには厳格な人種隔離が必要だと説きました。そうすることで、「優等人種たるアーリア人のキリスト教徒が、再び非白人の「獣人」を支配し、神性に到達できる」と主張しました。

この本の複写を受け取ったスウェーデンの作家ヨハン・アウグスト・ストリンドベリは、ランツに熱狂的な称賛を送ったとされています。ストリンドベリはランツの発言を「預言的」だと評しました。

雑誌『オースタラ』と結社活動

『神聖動物学』発表の翌年、1905年にランツは雑誌『オースタラ、金髪と男性権利至上主義者のための広報（Ostara, Briefbücherei der Blonden und Mannesrechtler）』を創刊します。1908年には彼が唯一の著者兼編集者となりました。ランツは10万人もの購読者がいると主張しましたが、これは大幅に誇張された数字だと一般的には考えられています。しかし、この雑誌の読者の中には、後にナチ党の指導者となるアドルフ・ヒトラーやディートリヒ・エッカートが含まれていました。ランツ自身は、若い頃のヒトラーが自分を訪ねてきて、『オースタラ』のバックナンバー2冊を渡したことがあると語っています。

思想的には、ランツは神秘主義的な人種論者であったグイド・フォン・リストの理論を受け継ぎ、さらに発展させました。また、作家オットー・ヴァイニンガーからも強い影響を受けたとされています。

ランツは、リストの支持者たちと共にリスト協会設立を提唱する声明に署名し、1908年に協会が設立されました。また、1907年には独自の準秘密結社「新テンプル騎士団」（Ordo Novi Templi, ONT）を設立しました。これらの組織は、血統研究や人種調査、美の基準設定、そして未開拓地における民族主義的な理想郷の建設を通じて、アーリア人の人種意識を高めることを目的としていました。この計画のために、ランツはオーストリアのヴェルフェンシュタインにある古城址を購入しました。

しかし、どちらの組織も、予想されたほどの会員を獲得することはできませんでした。新テンプル騎士団には300名程度の会員がいたとされますが、ランツが主張したような、1900年以前からの設立やストリンドベリへの勧誘などは、史実ではないことが判明しています。

ヒトラーとの関連と晩年

1920年代にヒトラーが台頭すると、ランツは自らをその思想的先駆者であると位置づけようと試みました。例えば、『オースタラ』の新しい版の序文で、「スワスティカとファシズムの運動は、根本的にはオースタラの思想の側面的な発展にすぎない」と記し、これはナチ党の運動を指していると考えられます。

1938年のオーストリア併合後、ランツはヒトラーからの庇護を期待しましたが、ヒトラーはランツ本人との初期の接触について、むしろ困惑していた様子であったとされます。このため、ランツの著作は発禁処分となり、『オースタラ』も流通から排除されました。

第二次世界大戦後、ランツはヒトラーを、自身の思想を盗んで歪めただけでなく、「劣等人種」の血を引く者だと激しく非難しました。一説には、ヒトラーはランツ本人に困惑していただけで、彼の思想にどれほど影響を受けたかは不明瞭だとも言われます。ヒトラーがランツの著作から直接的または間接的に影響を受けたかについては、学術的な見解は一致していません。また、人種論を除けば、ヒトラーがオカルト運動に確たる興味を持っていた証拠も乏しいとされています。

しかしながら、ランツの思想とナチズムとの間に何らかの関連性があるという議論は、第三帝国崩壊後も、批評家や神秘主義者の間で繰り返し展開されています。

主な出版物

ランツは、民族主義、反ユダヤ主義、アーリア人至上主義、人種差別、神智学などを混交させた著作を発表しました。彼の主な出版物には以下のようなものがあります。

『カトリック対イエズス会』（1903年）
『神聖動物学　ソドムの猿と神々の電子についての学問』（1905年）
雑誌『オースタラ』（1905-1917年、1926-1931年）
『世界終末と世界の転換期』（1923年）
『有色人種と金髪白人の人種的世界大戦』（1927年）
『聖書の謎あるいは創世記の聖書の秘密』（1929-1934年）

彼の思想は、アリオゾフィやナチ・オカルティズムといった概念の文脈で語られることがあります。

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