アブサロム、アブサロム!

『アブサロム、アブサロム!』：アメリカ南部を彩る家族史詩

ウィリアム・フォークナーの長編小説『アブサロム、アブサロム!』(1936年発表)は、アメリカ南部ゴシック文学の金字塔と評される作品です。ミシシッピ州を舞台に、南北戦争前後約50年間、サトペン家の繁栄と悲劇的な衰退が、複数の語り手によって複雑に、そして鮮やかに描かれています。

物語の中心：トマス・サトペン

主人公は、貧しい出自から抜け出し、ミシシッピ州で巨大なプランテーション「サトペン・ハンドレッド」を築き上げたトマス・サトペンです。彼は富と権力を手に入れる野望に燃え、その過程で様々な人間関係を築き、そして破綻させていきます。彼の物語は、アメリカ南部の歴史、特にプランテーション経済とその崩壊を象徴的に反映しています。

複雑な語り口と時間軸

この小説の大きな特徴は、その独特の構成にあります。物語は、クウェンティン・コンプソン3世とそのルームメイトであるシュリーブを中心に展開し、ミス・ローザ・コールドフィールドやクウェンティンの父、祖父など複数の登場人物の回想や語りを通して、サトペンの生涯が断片的に、そして様々な視点から語られます。

時間軸も複雑に絡み合い、過去と現在が行き来することで、サトペンの人生における重要な出来事が、タマネギの皮を剥くように、少しずつ明らかになっていきます。フォークナー独特の、長く複雑な文章も、登場人物の思考や感情の揺らぎを表現する上で重要な役割を果たしています。

旧約聖書からの着想

タイトルは旧約聖書『サムエル記』のダビデ王とその息子アブサロムの物語に由来しています。アブサロムは父への反乱を起こし悲劇的な最期を遂げますが、この物語はサトペンと彼の息子たちの関係、特に父と子の対立、そしてサトペン家の破滅を予感させる象徴として機能しています。また、アブサロムの妹タマルに対する兄弟の犯行は、小説において禁断の愛と家族内の葛藤というテーマへと昇華されています。

主要登場人物

トマス・サトペン: 野心家で権力欲の強いプランテーション所有者。
エレン・コールドフィールド・サトペン: トマスの妻。
ヘンリー・サトペン: トマスの息子。妹ジュディスへの禁断の感情と、義理の兄チャールズとの複雑な関係に苦しむ。
ジュディス・サトペン: トマスの娘。チャールズと恋に落ちる。
チャールズ・ボン: トマスの息子（異母兄弟）。ヘンリーとジュディスの関係に巻き込まれる。
ローザ・コールドフィールド: エレンの妹。サトペン家の物語を語る重要な語り手。
* クウェンティン・コンプソン3世: 物語の語り手の一人。サトペン家の物語に深く関わる。

テーマ

この小説は、単なる家族ドラマにとどまらず、アメリカ南部の歴史、奴隷制、階級社会、アイデンティティ、罪と罰、父と子の葛藤といった様々なテーマを扱っています。サトペンの失敗は、南部の理想像の崩壊、そして人間の傲慢さと限界を象徴しているとも解釈できます。

評価

『アブサロム、アブサロム!』は、『響きと怒り』と共に、フォークナーの代表作として高く評価されており、彼のノーベル文学賞受賞にも貢献しました。複雑な構成、多様な視点、そして深いテーマ性によって、読者に強烈な印象を与え続ける作品です。多くの評論家によって、南部文学の最高傑作の一つに挙げられています。日本語訳も複数存在し、それぞれの翻訳の味わいを楽しむことができます。

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