アブドゥル・カディール・カーン

パキスタンの技術者、アブドゥル・カディール・カーン（ウルドゥー語: عبدالقدیر خان、Abdul Qadeer Khan、1936年 4月1日 - 2021年10月10日）は、パキスタンの核兵器開発計画を主導し、「核開発の父」と称される一方、国際的な核拡散に関与した人物として知られています。特に1970年代以降、彼は核技術を秘密裏に流通させるネットワーク、いわゆる核の闇市場の構築に深く関与しました。1998年にはパキスタンによる核実験を成功させ、同国を事実上の核保有国としました。しかし、彼はイランやリビア、北朝鮮といった国々に対し、核兵器製造に必要な技術や資機材を密かに提供したとされ、国際社会から強い懸念を持たれました。彼が築いた非公然ネットワークの全体像は今日に至るまで完全には明らかになっておらず、パキスタン政府の関与も疑われましたが、政府側は一貫してこれを否定しています。

カーン博士は、1936年にイギリス統治下のインド中部の都市ボーパールで生まれました。1952年に独立したパキスタンへ移住。大学で金属工学を修めた後、ヨーロッパへ渡り、さらなる学びを深めました。1970年にはオランダのウラン濃縮設備メーカー、ウレンコ（Urenco）社に就職し、ここでウラン濃縮技術に関する専門知識を習得します。さらに、濃縮施設の建設に不可欠な部品を発注できる世界各地の供給元リストを作成したことは、その後の活動の基礎となりました。

1976年、パキスタンに帰国したカーン博士は、同国の核開発計画において指導的な立場に就任します。そして、長年の努力の末、1998年にパキスタンは地下核実験を成功させ、カーン博士は国民的英雄と見なされるようになりました。しかし、彼の国際的な核拡散への関与は次第に表面化します。2004年2月4日、彼はパキスタンのテレビ番組に出演し、国際的な核技術の非公然な供給網の構築に関わったことを公に認めました。その翌日、当時のパルヴェーズ・ムシャラフ大統領から恩赦を受けましたが、以降は事実上の自宅軟禁状態に置かれます。2006年にはカラーチーの病院で前立腺癌の手術を受け成功。2009年2月6日には、イスラマバード高裁の決定により自宅軟禁が解除されました。軟禁解除の際、彼はメディアの取材に応じ、当時のザルダーリー大統領ら政権幹部に謝意を示しています。

晩年の2021年8月には新型コロナウイルスに感染。同年10月10日、イスラマバードの病院で死去したことがパキスタン国営放送によって伝えられました。

日本との関係

カーン博士は、パキスタンの核開発を進める上で、友好国である中国からの協力に加えて、日本も重要な資機材の調達元であったと積極的に発言しています。共同通信の取材に対し、彼は1984年に日本を訪れ、核兵器製造に不可欠な複数の部品を発注したこと、また1977年の訪日時には、高濃縮ウラン製造施設向けの電力供給装置を購入したことを証言しました。これにより、カーン博士が日本国内の企業から核開発用の部品や設備を調達していた実態が明らかになりました。パキスタンは1985年までに核実験可能な状態になったとされていますが、博士は具体的な「重要な部品」の内容は明かしませんでした。しかし、日本の企業が核開発技術確立の最終段階で協力した疑念が存在しています。

博士の証言によれば、1977年の訪日時に彼が調達したのは、過去に欧米企業から販売を断られた経験のある無停電電源装置（UPS）でした。このUPSは停電時でも8メガワットの出力を保つことが可能で、安定した電力供給が不可欠なウラン濃縮施設での使用を想定したものでした。博士は、この装置を販売した日本企業から、原子力施設で稼働中のUPSの見学に招かれた経験にも言及し、「企業側は（パキスタンが）核開発に使うことに気づいていたと思う」と述べ、日本企業が核保有支援に関与した可能性を示唆する発言をしています。また、1984年には「複数の日本の大企業」を訪問し、核開発に必要な部品を入手したとされています。この際、関与した企業の一つには、第二次世界大戦中にドイツ駐在経験のある元海軍武官が在籍しており、ドイツ語で流暢に会話できたというエピソードも明かしています。

さらに、カーン博士は、核開発の原材料の一つである特殊磁石など、核開発に必要な資機材が複数の日本企業から大量に輸出されていたと証言しています。これに関わった日本側の関係者も、1980年代に少なくとも6000個もの特殊磁石を輸出したことを認めています。これらの特殊磁石は「リングマグネット」と呼ばれ、原爆の原料となる高濃縮ウランを生産する遠心分離機の高速回転部分を支えるために使用される部品です。また、核関連研究に利用可能な高性能の電子顕微鏡も他の日本の主要メーカーから輸出されていたとされ、博士は「日本は非常に重要な輸入元だった」と強調しています。これらの証言や関係者の告白により、パキスタンの核開発を支援する資機材の供給網に、結果的に日本の企業が組み込まれていた実態が初めて明らかになりました。

カーン博士の生涯は、核兵器開発という国家的な目標達成に貢献した「父」としての側面と、国際的な核拡散を助長した「闇の人物」としての側面が併存しており、その功罪については今日まで様々な議論がなされています。

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