アルプス交響曲

リヒャルト・シュトラウス『アルプス交響曲』作品64

リヒャルト・シュトラウスが1915年に完成させた交響曲『アルプス交響曲』（Eine Alpensinfonie）作品64は、単一楽章からなる大規模な管弦楽曲です。演奏時間は約50分。この作品は、作曲家自身が少年時代に体験したアルプス登山を基に、壮大な自然の情景と、その中での人間の感情の動きを描いています。

作曲の経緯

シュトラウスが14歳（15歳という説もあります）の時、ドイツ・アルプスのツークシュピッツェに登山した体験が、この曲のインスピレーションの源泉となっています。当初は交響詩『芸術家の悲劇』（未完）として構想され、1902年には『アンチクリスト、アルプス交響曲』という名称でスケッチが行われました。この題名には、哲学者フリードリヒ・ニーチェの『アンチクリスト』からの影響が見られます。

本格的な作曲は1911年からガルミッシュ＝パルテンキルヒェンの山荘で開始され、1914年から1915年にかけて完成しました。

初演と出版

初演は1915年10月28日、ベルリンのフィルハーモニー楽堂にて、作曲者自身の指揮、シュターツカペレ・ドレスデンの演奏によって行われました。出版はF.E.C.ロイカルト社からされています。

楽曲構成

『アルプス交響曲』は、切れ目なく演奏される以下の各部分から構成されています。

1. 夜 Nacht
不協和音を伴う下降音階で始まり、静かに山の動機が現れます。

2. 日の出 Sonnenaufgang
太陽が昇る様子を、輝かしいA durの動機で表現します。

3. 登り道 Der Anstieg
山登りの動機が、ホルンのファンファーレと共に現れます。

4. 森への立ち入り Eintritt in den Wald
森の中の情景が、トロンボーンとホルンの旋律で描かれます。

5. 小川に沿っての歩み Wanderung neben dem Bache
小川のせせらぎと、山登りの動機が重なり合います。

6. 滝 Am Wasserfall
滝の流れを、弦楽器、木管楽器、ハープ、チェレスタで表現します。

7. 幻影 Erscheinung
水面に映る幻影を、オーボエの旋律で描きます。

8. 花咲く草原 Auf blumigen Wiesen
快活な旋律で、花が咲き乱れる草原の様子を表します。

9. 山の牧場 Auf der Alm
カウベルの音や、アルプ[[ホルン]]を模したホルンの音で、牧場の雰囲気を醸し出します。

10. 林で道に迷う Durch Dickicht und Gestrüpp auf Irrwegen
道に迷う様子を、山登りの動機と岩壁の動機で表します。

11. 氷河 Auf dem Gletscher
明るい雰囲気で、氷河の風景を描きます。

12. 危険な瞬間 Gefahrvolle Augenblicke
遠くから雷鳴が聞こえ、危険が迫る様子を表します。

13. 頂上にて Auf dem Gipfel
頂上に到着した時の感動を、トロンボーンやオーボエの旋律で表現します。

14. 見えるもの Vision
頂上からの眺めを、太陽の動機で表現します。

15. 霧が立ちのぼる Nebel steigen auf
霧が立ち込める様子を、ファゴットやヘッケルフォーンの旋律で表します。

16. しだいに日がかげる Die Sonne verdüstert sich allmählich
太陽が陰っていく様子を、短調の太陽の動機で表します。

17. 哀歌 Elegie
弦楽器で、悲しげな歌が奏でられます。

18. 嵐の前の静けさ Stille vor dem Sturm
嵐の前の静けさを、遠くから聞こえる雷の音で表します。

19. 雷雨と嵐、下山 Gewitter und Sturm, Abstieg
激しい雷雨の中、登山者が下山する様子を、オルガンの和音やサンダーマシーンを使って表現します。

20. 日没 Sonnenuntergang
太陽が沈む様子を、太陽の動機を変奏して表します。

21. 終末 Ausklang
オルガンで太陽の動機が奏でられ、夜に向かう静けさを表します。

22. 夜 Nacht
冒頭の夜の動機が再び現れ、静かに曲を閉じます。

編成

この曲は、通常のオーケストラに加えて、特殊な楽器や舞台裏の楽器を使用する、大編成のオーケストラによって演奏されます。理想的な編成としては、フルート2、オーボエ3、E♭クラリネット、クラリネット2を追加した、約150人ほどの奏者が望ましいとされています。

また、スコアではサミュエルエアロフォーンの使用が推奨されています。サミュエルエアロフォーンは、木管楽器のロングトーンを補助する送風装置ですが、現代では循環呼吸が可能な奏者が多いため、使用されることは少ないです。

その他

日本初演は1934年10月30日、奏楽堂にて、クラウス・プリングスハイム指揮、東京音楽学校管弦楽団によって行われました。この時、「ワグネルテューバ」が使用されており、当時から本格的な編成で演奏されていたことがわかります。

CDのジャケットにはマッターホルンの写真が使われることが多いですが、作曲のきっかけとなった山は、ドイツアルプスのツークシュピッツェです。

NHKの『名曲アルバム』では、「名曲アルバム100選」の一つに選ばれています。

参考文献

ヴァルター・デビッシュ『<大作曲家>R.シュトラウス』（村井翔訳）音楽之友社刊 ISBN 4-276-22160-9
『作曲家別名曲解説ライブラリー9 R.シュトラウス』音楽之友社刊 ISBN 4-276-01049-7
Rainer Bayreuther. Richard Strauss' Alpensinfonie. Entstehung, Analyse und Interpretation. Georg Olms 1997. ISBN 3-487-10261-7
Eine Alpensinfonie. Score. München: F. E. C. Leuckart, 1915. (F. E.C. L. 7529)

外部リンク

* アルプス交響曲 作品64の楽譜 - 国際楽譜ライブラリープロジェクト)

もう一度検索