アルベール・セシュエ

シャルル＝アルベール・セシュエ：ソシュールと構造主義言語学の影の立役者

シャルル＝アルベール・セシュエ (1870-1946) は、20世紀初頭の言語学界に大きな足跡を残したスイスの言語学者です。ジュネーヴ大学でフェルディナン・ド・ソシュールに師事した彼は、ジュネーヴ学派を代表する理論家の一人として知られています。彼の業績は、ソシュールの影響を色濃く受けつつも、独自の視点を持ち合わせたものであり、言語学史における彼の位置づけは、再評価が求められています。

ジュネーヴでの学びとドイツでの研究生活

セシュエは1870年、ジュネーヴに生まれました。1891年以降、ジュネーヴ大学でソシュールのもとで言語学を学びます。その後、1893年から1902年にかけてはドイツのゲッティンゲン大学に留学。フランス語の接続法半過去に関する博士論文をドイツ語で執筆しました。この論文は、彼の後の研究の基礎を築く重要なものとなりました。帰国後、再びジュネーヴ大学で教鞭をとり、1939年にはシャルル・バイイの後任として教授に就任。その後、ジュネーヴで没するまでその職にありました。

「法則の科学」としての言語学

セシュエの言語学的貢献は多岐にわたります。彼の最初の著書『理論言語学の計画と方法』(1908年) は、ソシュールに献呈されたもので、言語学への独自の視点が示されています。当時主流であった、言語学を実証主義的な「事実の科学」と捉える見方に反対し、セシュエは言語学を「法則の科学」として捉え直そうと試みました。彼の主張によれば、「法則の科学」は、音韻法則など歴史言語学の具体的な事実を扱う歴史言語学とは異なり、汎時的・普遍的な法則を明らかにしようとするものです。言語の各レベルは「静的」な部分と「動的」(「進化的」) な部分に分けられるという考えも提示しています。

さらに、言語変化の起源に関して、音韻論的かつ準「代数」的な概念を導入し、文法以前の言語（幼児の言語など）の分析も重要な要素として取り上げています。また、言語の音素の心理学的研究についても提唱しました。この著作は、ルイス・イェルムスレウなど後の言語学者にも大きな影響を与えました。

統辞論とソシュールの概念の精緻化

セシュエの第二の著書『文の論理的構造に関する試論』(1926年) では、統辞論とその論理的類型を考察しています。1920年から1940年にかけて発表された論文では、ソシュールの概念をさらに精緻化し、「組織的なパロールの言語学」という独自の概念を提起しました。

ソシュールとの複雑な関係

セシュエはソシュールの教え子であり、ソシュール没後の1916年にはバイイとともに『一般言語学講義』の編集に携わりました。この古典的著作において、セシュエが果たした役割は非常に大きいとされています。『一般言語学講義』の中には、ソシュールの講義ノートや草稿には見られない記述があり、バイイとセシュエによる編集作業の中で加えられた可能性が指摘されています。

興味深いのは、セシュエが1908年に発表した『理論言語学の計画と方法』には、すでに共時的な言語学の枠組みや音韻論など、構造主義的な考え方が含まれていたことです。ソシュールはこの著作を知った後に、1909年の講義で初めて共時論と通時論に関する一節を付け加えました。この事実は、セシュエとソシュールが独立にいくつかの重要な概念を発見していた可能性を示唆しており、セシュエの業績が国際的な舞台で十分に評価されてこなかったことを示しています。現在では、ソシュールをセシュエの弟子とみなす見解さえ存在します。これは誇張ではありますが、構造主義言語学の創設にセシュエが大きく貢献したことは間違いありません。

まとめ

シャルル＝アルベール・セシュエは、ソシュールの影響を受けながらも独自に言語学理論を構築した重要な言語学者です。「法則の科学」としての言語学、共時的言語研究の重視、音韻論や統辞論への貢献、そして言語変化の起源への独自の視点など、彼の業績は多岐に渡ります。ソシュールとの複雑な関係性を含め、彼の研究は改めて精査されるべきであり、20世紀言語学史における彼の真価を再評価することが必要です。

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