アルメニア属州

アルメニア属州：ローマ帝国の短命な支配

アルメニア属州は、ローマ帝国が114年から118年という短い期間のみ存在した属州です。その領域は、現在のトルコ、アルメニア、ジョージア、アゼルバイジャンといった国々の一部にまたがっていました。

成立の背景：パルティアとの権益争い

アルメニア属州が成立した背景には、ローマ帝国とパルティア帝国の間で繰り広げられた権益争いがありました。パルティアのオスロエス1世が、ローマとの緩衝地帯であったアルメニア王国に傀儡君主を立てたことが、ローマ皇帝トラヤヌスの逆鱗に触れたのです。ローマにとって、アルメニアは東方属州における陸路・海路貿易を独占するための戦略拠点であり、その重要性は非常に高いものでした。一部の歴史家は、このアルメニアを巡る権益争いが、ローマとパルティアの戦争の根本的な原因であったと推測しています。

113年、ハドリアヌスによってアンティオキアで編成されたローマ軍は、翌114年の春に進軍を開始しました。その兵力は、総勢約8万にも及ぶ大規模なものでした。ローマ軍はアルメニア領内に侵攻し、トラヤヌスは同国西部の都市エレゲイアにおいて、パルタマシリスの退位と「アルメニア属州」の樹立を宣言しました。その後、ローマ軍はアルメニア全土を制圧し、その支配下に置きました。

放棄の決断：ハドリアヌスの現実主義

しかし、ローマによるアルメニアの支配は長くは続きませんでした。トラヤヌス帝が死去すると、征服地では反乱が相次ぎ、メソポタミアの維持が困難となったローマ軍は大きく後退しました。後を継いだハドリアヌス帝は、維持に莫大な兵力と予算を要するアルメニア、メソポタミア、アッシリアの3属州の放棄を宣言し、パルティアとの和睦を進めました。この決断は、ローマがトラヤヌスの進めた大遠征を維持するだけの余裕を持たないことを示すものでした。

ハドリアヌス帝の属州放棄の決断は、ローマ帝国の拡大政策における転換点となりました。彼は、領土の維持よりも帝国の安定を優先し、現実的な路線へと舵を切ったのです。アルメニア属州は短命に終わりましたが、ローマ帝国の歴史において重要な意味を持つ出来事として記憶されています。

(*1): 実際のアルメニア属州の統治は、西側に隣接するカッパドキア属州から行われた。

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