アレクサンドリアの大灯台
アレクサンドリアの大灯台（英: Lighthouse of Alexandria）は、紀元前3世紀頃にエジプトの都市アレクサンドリアの沖合に浮かぶファロス島に建造された、古代世界を代表する巨大な灯台です。その名からファロス島の大灯台、またはアレクサンドリアのファロスとも呼ばれます。この灯台は、その壮大な規模と技術から、古代世界の七不思議の一つに数えられています。
ファロス島は、アレクサンドリア港の東側の入り口を守るように位置しており、古代には人工的な埋め立てによって陸地と細い通路で結ばれた半島の先端に位置する小さな島でした。七不思議の中でも、紀元前14世紀に崩壊したとされるマウソロス霊廟や他の構造物と比較して長く現存し、ギザの大ピラミッドに次ぐ長命な建造物でした。最終的には、14世紀に発生した二度の大きな地震によって完全に崩壊しました。
アレクサンドリア市は、紀元前332年にマケドニア王アレクサンドロス3世によってナイル川の河口に建設されました。彼の死後、広大な帝国は分裂し、エジプトは部将であったプトレマイオス1世の支配下に入り、プトレマイオス朝が開かれました。アレクサンドリアはプトレマイオス朝の首都として栄えましたが、周辺地域は平坦な低地が広がっていたため、海上からの目印となるものがほとんどありませんでした。これは、特に夜間や悪天候時における船舶の航行や入港にとって大きな困難を伴いました。このため、プトレマイオス1世は航海の安全を確保するための巨大な陸標、すなわち灯台の建造を決断しました。
建造計画の指揮は、当時の著名な建築家クニドスのソストラトスに委ねられました。建造地として選ばれたのは、港の入り口に位置するファロス島でした。島と本土の間は、ヒプタスタディオンと呼ばれる人工的な土手道（モロス）によって結ばれました。灯台の建設は紀元前305年頃に開始されましたが、完成したのはプトレマイオス1世の息子、プトレマイオス2世フィラデルフォスの治世下であったと伝えられています。
アレクサンドリアの大灯台は、記録によればその全高が約134メートル（約440フィート）に達したと推定されています。これは、建造当時としては、ギザの大ピラミッド（約147メートル）に次いで世界で最も高い人工構造物の一つであり、その威容は遠方からも確認できたと言われています。建材には主に大理石が使用され、精巧に加工された石材を積み上げて建設されました。
灯台の構造は、形状の異なる三つの層から構成されていました。最も下の基層部は、四角柱の形状をしており、その中央に塔が立ち上がる構造でした。その上に続く中層部は、下層部よりもやや細い八角柱でした。そして、最上層部はさらに細い円柱形でした。頂上には、遠距離まで光を届けるための仕組みが備えられていました。日中は巨大な鏡に太陽光を反射させ、海上を航行する船に位置を示しました。夜間には、頂上で炎を燃やし、その光を同じ鏡で反射させることで、暗闇の中でも灯台を確認できるようにしていました。灯台の正確な形状は、アレクサンドリアで鋳造されたローマ時代のコインに描かれた図像からも推測できます。また、灯台の四隅には、海の神トリトンが角笛を吹く姿を模した彫像が配され、ローマ時代には頂上にも彫像が置かれていたと考えられています。灯台の内部には螺旋状の通路が設けられており、燃料となる大量の薪をロバなどを使って頂上まで運び上げていたと推測されています。
アレクサンドリアの大灯台には、いくつかの伝説が伝えられています。一つには、頂上の鏡が戦時に敵船に太陽光を集めて焼き払うことができたという恐るべき話がありますが、これは当時の光学技術の水準から見て現実的ではなかったと考えられています。一方で、灯台の光が約56キロメートル（約35マイル）離れた海岸からも見えたという伝説もあり、こちらは十分に実現可能であったろうと推測されています。
灯台が部分的にでも存在していた中世においては、アラビア語やペルシア語の地理書や旅行記の中で、アレクサンドリアを紹介する際には必ずと言ってよいほど大灯台について言及されていました。12世紀末にアレクサンドリアを訪れた旅行家イブン・ジュバイルは、その旅行記で灯台の巨大さに感嘆し、海上約140キロメートル（70ミール）から確認できたことや、基礎の一辺が約100メートル（50バーウ）、高さが人の背丈150人分以上（約225メートル）であったと記録しています。これらの数値には異論もありますが、当時の人々がいかにその規模に驚異を感じていたかを示しています。13世紀半ばの学者ザカリヤー・カズヴィーニーは、著書の中で大灯台の三層構造を図解しており、その構造が詳細に知られていたことがわかります。さらに、この灯台の存在はシルクロードを経由して東アジアにも伝わり、13世紀に中国で記された『諸蕃志』にも、その記述が見られます。
アレクサンドリアの大灯台は、建設から千年以上の時を経て、度重なる地震によってその歴史を終えました。796年の地震で大規模な損傷を受けて半壊し、その後の1303年と1323年に発生した地震によって完全に崩壊しました。14世紀にこの地を訪れた旅行家イブン・バットゥータは、すでに灯台は崩れ去り、内部に入ることすら困難な状態であったと記録しています。15世紀後半、1480年頃には、崩壊した灯台の石材を利用して、その跡地にカーイト・ベイの要塞が築かれました。
長らく海底に沈黙していましたが、20世紀後半に入り、大灯台の遺跡が再び注目されることになります。1968年、アレクサンドリア沖の海底から、灯台の一部と思われる巨大な建築部材が発見されました。当初は軍事的な理由から本格的な調査が保留されましたが、1990年代初頭にフランスの調査チームが水中考古学調査を開始しました。1994年には、灯台の一部と特定できる柱や彫像などの遺物が多数発見され、その存在が改めて確認されました。その後も、衛星画像解析など最新技術を用いた調査が進められ、灯台の正確な位置や構造についての理解が深まっています。
アレクサンドリアのファロス島に建てられたこの灯台は、後世の文化や技術に大きな影響を与えました。灯台が位置したファロス島の名（古代ギリシャ語: Φάρος、Pharos）は、やがて灯台そのものを指す普通名詞として定着し、フランス語のphare、イタリア語のfaro、スペイン語のfaro、ポルトガル語のfarolなど、多くのロマンス諸語における「灯台」を意味する言葉の語源となりました。
また、イスラム世界の建築、特に北アフリカのマグリブ地方に見られるモスクのミナレットの中には、方形の高い基壇部の上に細い塔を重ねる三層構造を持つものが多く、アレクサンドリアの大灯台の構造との類似性が指摘されており、建築様式に影響を与えた可能性が論じられています。文献の中には、東ローマ帝国の宣教師が大灯台の一部と鏡を破壊したとする伝説も存在し、異なる文化圏での灯台に対する認識や、当時の国際情勢が反映されている側面も見て取れます。
ファロス島は、アレクサンドリア港の東側の入り口を守るように位置しており、古代には人工的な埋め立てによって陸地と細い通路で結ばれた半島の先端に位置する小さな島でした。七不思議の中でも、紀元前14世紀に崩壊したとされるマウソロス霊廟や他の構造物と比較して長く現存し、ギザの大ピラミッドに次ぐ長命な建造物でした。最終的には、14世紀に発生した二度の大きな地震によって完全に崩壊しました。
歴史的背景と建造
アレクサンドリア市は、紀元前332年にマケドニア王アレクサンドロス3世によってナイル川の河口に建設されました。彼の死後、広大な帝国は分裂し、エジプトは部将であったプトレマイオス1世の支配下に入り、プトレマイオス朝が開かれました。アレクサンドリアはプトレマイオス朝の首都として栄えましたが、周辺地域は平坦な低地が広がっていたため、海上からの目印となるものがほとんどありませんでした。これは、特に夜間や悪天候時における船舶の航行や入港にとって大きな困難を伴いました。このため、プトレマイオス1世は航海の安全を確保するための巨大な陸標、すなわち灯台の建造を決断しました。
建造計画の指揮は、当時の著名な建築家クニドスのソストラトスに委ねられました。建造地として選ばれたのは、港の入り口に位置するファロス島でした。島と本土の間は、ヒプタスタディオンと呼ばれる人工的な土手道（モロス）によって結ばれました。灯台の建設は紀元前305年頃に開始されましたが、完成したのはプトレマイオス1世の息子、プトレマイオス2世フィラデルフォスの治世下であったと伝えられています。
構造と機能
アレクサンドリアの大灯台は、記録によればその全高が約134メートル（約440フィート）に達したと推定されています。これは、建造当時としては、ギザの大ピラミッド（約147メートル）に次いで世界で最も高い人工構造物の一つであり、その威容は遠方からも確認できたと言われています。建材には主に大理石が使用され、精巧に加工された石材を積み上げて建設されました。
灯台の構造は、形状の異なる三つの層から構成されていました。最も下の基層部は、四角柱の形状をしており、その中央に塔が立ち上がる構造でした。その上に続く中層部は、下層部よりもやや細い八角柱でした。そして、最上層部はさらに細い円柱形でした。頂上には、遠距離まで光を届けるための仕組みが備えられていました。日中は巨大な鏡に太陽光を反射させ、海上を航行する船に位置を示しました。夜間には、頂上で炎を燃やし、その光を同じ鏡で反射させることで、暗闇の中でも灯台を確認できるようにしていました。灯台の正確な形状は、アレクサンドリアで鋳造されたローマ時代のコインに描かれた図像からも推測できます。また、灯台の四隅には、海の神トリトンが角笛を吹く姿を模した彫像が配され、ローマ時代には頂上にも彫像が置かれていたと考えられています。灯台の内部には螺旋状の通路が設けられており、燃料となる大量の薪をロバなどを使って頂上まで運び上げていたと推測されています。
伝説と後世の記録
アレクサンドリアの大灯台には、いくつかの伝説が伝えられています。一つには、頂上の鏡が戦時に敵船に太陽光を集めて焼き払うことができたという恐るべき話がありますが、これは当時の光学技術の水準から見て現実的ではなかったと考えられています。一方で、灯台の光が約56キロメートル（約35マイル）離れた海岸からも見えたという伝説もあり、こちらは十分に実現可能であったろうと推測されています。
灯台が部分的にでも存在していた中世においては、アラビア語やペルシア語の地理書や旅行記の中で、アレクサンドリアを紹介する際には必ずと言ってよいほど大灯台について言及されていました。12世紀末にアレクサンドリアを訪れた旅行家イブン・ジュバイルは、その旅行記で灯台の巨大さに感嘆し、海上約140キロメートル（70ミール）から確認できたことや、基礎の一辺が約100メートル（50バーウ）、高さが人の背丈150人分以上（約225メートル）であったと記録しています。これらの数値には異論もありますが、当時の人々がいかにその規模に驚異を感じていたかを示しています。13世紀半ばの学者ザカリヤー・カズヴィーニーは、著書の中で大灯台の三層構造を図解しており、その構造が詳細に知られていたことがわかります。さらに、この灯台の存在はシルクロードを経由して東アジアにも伝わり、13世紀に中国で記された『諸蕃志』にも、その記述が見られます。
終焉と現代の発見
アレクサンドリアの大灯台は、建設から千年以上の時を経て、度重なる地震によってその歴史を終えました。796年の地震で大規模な損傷を受けて半壊し、その後の1303年と1323年に発生した地震によって完全に崩壊しました。14世紀にこの地を訪れた旅行家イブン・バットゥータは、すでに灯台は崩れ去り、内部に入ることすら困難な状態であったと記録しています。15世紀後半、1480年頃には、崩壊した灯台の石材を利用して、その跡地にカーイト・ベイの要塞が築かれました。
長らく海底に沈黙していましたが、20世紀後半に入り、大灯台の遺跡が再び注目されることになります。1968年、アレクサンドリア沖の海底から、灯台の一部と思われる巨大な建築部材が発見されました。当初は軍事的な理由から本格的な調査が保留されましたが、1990年代初頭にフランスの調査チームが水中考古学調査を開始しました。1994年には、灯台の一部と特定できる柱や彫像などの遺物が多数発見され、その存在が改めて確認されました。その後も、衛星画像解析など最新技術を用いた調査が進められ、灯台の正確な位置や構造についての理解が深まっています。
後世への影響
アレクサンドリアのファロス島に建てられたこの灯台は、後世の文化や技術に大きな影響を与えました。灯台が位置したファロス島の名（古代ギリシャ語: Φάρος、Pharos）は、やがて灯台そのものを指す普通名詞として定着し、フランス語のphare、イタリア語のfaro、スペイン語のfaro、ポルトガル語のfarolなど、多くのロマンス諸語における「灯台」を意味する言葉の語源となりました。
また、イスラム世界の建築、特に北アフリカのマグリブ地方に見られるモスクのミナレットの中には、方形の高い基壇部の上に細い塔を重ねる三層構造を持つものが多く、アレクサンドリアの大灯台の構造との類似性が指摘されており、建築様式に影響を与えた可能性が論じられています。文献の中には、東ローマ帝国の宣教師が大灯台の一部と鏡を破壊したとする伝説も存在し、異なる文化圏での灯台に対する認識や、当時の国際情勢が反映されている側面も見て取れます。
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