アンソニー・アトキンソン

サー・アンソニー・アトキンソン

サー・アンソニー・バーンズ・アトキンソン（Sir Anthony Barnes "Tony" Atkinson、1944年9月4日 - 2017年1月1日）は、イギリスを代表する経済学者です。特に所得や富の格差、貧困問題、そして社会保障制度や公共経済学の分野で顕著な功績を残しました。彼の研究は広範な影響力を持ち、多くの後進の学者に道を拓きました。

学術的貢献と影響力

アトキンソン教授は、1960年代から一貫して所得格差や公共経済学といった重要な社会経済問題に取り組みました。その先駆的かつ厳密な分析は、この分野における彼の地位を確立しました。たとえば、『21世紀の資本』の著者として世界的に知られるトマ・ピケティ氏も、アトキンソン教授から多大な影響を受けたと公言しています。ピケティ氏はアトキンソン教授を、所得と富の歴史に関する研究の第一人者として高く評価しています。また、ノーベル経済学賞受賞者のクリストファー・ピサリデス氏は、アトキンソン教授の直感的な洞察が、経済理論や実際の政策形成に非常に大きな影響を与えていると述べています。格差や社会保障に関する議論において、彼は最も影響力のある研究者の一人と見なされていました。

彼の研究範囲は、富や所得の分布、貧困対策、ヨーロッパの社会政策、さらには公共経済学や厚生経済学といった多岐にわたります。生涯にわたり、多数の重要な学術論文や研究書、教科書を執筆しましたが、専門家以外に向けた啓蒙的な著作は比較的少なく、『21世紀の不平等』がその数少ない例として挙げられます。

経歴と栄誉

ケンブリッジ大学で学んだ後、同大学のセント・ジョンズ・カレッジのフェローとして研究生活をスタートさせ、所得格差や公共経済学の課題に焦点を当てました。その後、エセックス大学の教授を務め、1973年にはマサチューセッツ工科大学（MIT）の客員教授に就任するなど、国際的にも活躍しました。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス（LSE）の教授としても長年教鞭を執りました。

学術的な功績に加え、アトキンソン教授は経済政策にも深く関心を持ち、イギリス労働党のアドバイザーを務めた経験もあります。その功績は国内外で高く評価され、2000年にはナイトの称号を授与され、翌年にはフランス政府からレジオンドヌール勲章を贈られました。さらに、2015年にはEIB賞、2016年にはダン・デイヴィッド賞を受賞するなど、晩年までその影響力は衰えることはありませんでした。

2017年1月1日、72歳でその生涯を閉じました。

政策への提言

アトキンソン教授は、学術研究に留まらず、具体的な政策提言を通じて社会課題の解決に貢献しようとしました。2014年に発表された一般向けの著書『Inequality: What Can Be Done?』（邦題『21世紀の不平等』）では、特にイギリスの状況を踏まえつつ、格差是正に向けた15項目の政策を提案しています。これらの提言は、労働者の雇用機会を増やす技術革新の促進、企業におけるステークホルダー間の適切な権力バランスの実現、最低賃金を保障する公的雇用の提供、最低賃金以上の報酬慣行の奨励、成人した全ての人への最低限の相続財産の付与、ソブリン・ウエルス・ファンドを活用した国家資産の増大、所得税の累進性強化、勤労所得に対する所得税割引の導入、相続税の厳格な徴収、累進課税による固定資産税の導入、全ての児童への児童手当給付、何らかの社会的貢献を条件としたベーシック・インカムの導入、そして富裕国による政府開発援助（ODA）目標額の国民総所得1%への引き上げなど、多岐にわたります。これらの提言は、強い福祉国家論に基づいたものであり、彼は予想される反論に対しても実証的な根拠を挙げて論じています。

主な著作

The economics of inequality (1983) - 邦訳: 『不平等の経済学』（佐藤隆三, 高川清明訳, 時潮社, 1981年）
Incomes and the welfare state: essays on Britain and Europe (1995) - 邦訳: 『アトキンソン教授の福祉国家論』（丸谷泠史訳, 晃洋書房, 2001年）
Lectures on public economics (with Joseph E. Stiglitz) (1980)
Top incomes over the Twentieth Century: a contrast between Continental European and English-speaking countries (with Thomas Piketty) (2007)
Inequality: What Can Be Done?* (2014) - 邦訳: 『21世紀の不平等』（山形浩生, 森本正史訳, 東洋経済新報社, 2015年）

アトキンソン教授の遺した研究と政策提言は、今日の格差や貧困に関する議論において、引き続き重要な指針となっています。

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