アンソニー・ペイン

アンソニー・ペイン（Anthony Payne, 1936年 8月2日 - 2021年4月30日）は、イングランドの作曲家、音楽学者、文筆家です。特に、エドワード・エルガーが遺した未完成の交響曲第3番のスケッチを基に、演奏可能な楽譜として完成させた功績で広く知られています。この「ペイン補筆完成版」は、エルガー作品に新たな光を当てる画期的な業績と評価されています。

ペインの作曲家としての活動は、レイフ・ヴォーン・ウィリアムズ、フレデリック・ディーリアス、エルガー、フランク・ブリッジといった20世紀初頭のイギリス音楽の伝統に根差した自身の語法と、第二次世界大戦後の革新的な音楽潮流との融合を絶えず模索した道のりとして特徴づけられます。彼は過去の巨匠たちへの敬意を払いながらも、現代的な響きを追求し続けました。

ロンドンに生まれたペインは、幼い頃から作曲への関心を示しました。ダラム大学のカレッジであるセント・カスバーツ・ソサエティーで学び、その後はフリーランスの音楽学者として活動しました。1960年代に『Phoenix Mass』を作曲して以降、彼は次第に作曲家として注目されるようになり、ブリティッシュ・チェンバー・オーケストラやナッシュ・アンサンブルといったイギリス国内の著名な演奏団体から次々と新作の委嘱を受けるようになります。

ペインの代表的な管弦楽曲として、『The Spirit's Harvest』（1985年）、『Time's Arrow』（1990年）、『Visions and Journeys』（2002年）の3作品が挙げられます。これらはいずれもロンドンのプロムス音楽祭で、BBC交響楽団によって初演されました。また、『Concerto for Orchestra』（1974年）や、その他の管弦楽作品、室内楽、器楽曲、合唱曲など、幅広いジャンルに作品を残しています。特に、彼の弦楽四重奏曲第2番（2010年）は、2011年の英国作曲家賞（British Composer Awards）の室内楽部門で優勝し、高い評価を得ました。

1988年には、ソプラノ歌手であった妻のジェーン・マニングと共に、若手演奏家によるアンサンブル「ジェーンズ・ミンストレルズ」を共同で設立しました。このアンサンブルのために、ペインは多くの楽曲を作曲しており、『デイ・イン・ザ・ライフ・オブ・ア・メイフライ』や、ジェーンズ・ミンストレルズが録音した『風と雨の交響曲』などが主要な作品とされています。

エルガー作品の補筆完成によって大きな名声を得たペインですが、彼は他にも興味深い編曲やパラフレーズを手掛けています。例えば、ディーリアスの作品に基づく『Spring's Shining Wake』（1981年）や、ジェーンズ・ミンストレルズのためにピーター・ウォーロックの歌曲を編曲した例などがあります。

中でも、エルガーの交響曲第3番の補筆構成は、ペインにとって数年がかりの根気のいる作業となりました。エルガーは1934年に亡くなった際、この交響曲の未完成の草稿として130ページを超えるスケッチを残していました。エルガー自身がこれらの草稿について、安易な加筆・修正をしないよう遺言を残していたため、当初エルガーの遺族はこの資料の公開に慎重でした。しかし、2005年の著作権失効が近づいていたこともあり、遺族は1993年からこの楽曲に取り組んでおり、断続的に講演も行っていたペインによる補完を承認します。ペインによって仕上げられた補筆完成版は、1998年に初演されると大きな成功を収め、以降頻繁に演奏され、複数の録音も存在するほど、エルガーのレパートリーに新たな一章を加えました。

ペインはさらに、エルガーが未完のまま残した行進曲『威風堂々第6番』のスケッチを元に、演奏可能な楽譜を編み出しました。この完成版は、ペインの70歳の誕生日である2006年 8月2日、プロムスコンサートでアンドルー・デイヴィスの指揮により初演されました。同年4月のBBCラジオのインタビューで、ペインはこの曲について、行進曲の約43パーセントを独自に作曲し、さらに全曲のオーケストレーションを手掛けたため、完成版における自身の寄与が全体の半分以上を占めると語っています。また、このインタビューの中で、彼は補筆作業はまるで俳優が舞台上の役柄に入り込むように、エルガーの創造精神に「なる」ことを試みる必要があったと感じたと述懐しています。

ペインは、妻であるジェーン・マニングのために、歌曲集『Evening Land』をはじめとする多くの声楽曲を作曲しました。2007年には、夫妻揃ってダラム大学から名誉博士号を授与されています。

作曲家としての輝かしいキャリアに加えて、ペインは音楽学者・批評家としても広く知られています。アルノルト・シェーンベルクやフランク・ブリッジに関する著作があるほか、『デイリー・テレグラフ』、『インデペンデント』、『カントリー・ライフ』といった主要メディアで音楽批評を手掛けました。また、イギリス国内にとどまらず、オーストラリアやアメリカなど、国外でも講演者として招かれました。

アンソニー・ペインは、イギリス音楽の伝統を受け継ぎながらも新たな響きを追求した作曲家であり、またエルガーの未完作品を見事に完成させた音楽学者としても、後世にその名を残しています。

参考文献・出典

inputより

外部リンク

Anthony Payne official web page （英語）
* Anthony Payne at Chester Novello music publishers （英語）

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