アントニオ・ロッティ

アントーニオ・ロッティ

イタリアのヴェネツィアに生まれ、主に活動した盛期（中期）バロック音楽の作曲家であり、鍵盤奏者としても知られています。特にヴェネツィアの音楽の中心地であったサン・マルコ寺院との関わりは深く、長年にわたりその音楽活動を支え、晩年には同寺院の重要なポストである楽長を務めました。卓越した音楽家であると同時に、次世代の音楽家を育てる教育者としても名を残しています。

生涯

アントーニオ・ロッティは1667年1月5日、ヴェネツィアで音楽家の家庭に誕生しました。父親のマッテーオ・ロッティも音楽家であり、ドイツのハノーファーで宮廷楽長を務めた経歴があります。幼少期を父親と共にハノーファーで過ごした可能性があるロッティは、10代を迎える頃に故郷ヴェネツィアに戻ったようです。

彼の音楽家としてのキャリアは、1683年にヴェネツィアのサン・マルコ寺院で始まりました。当時、同寺院の楽長であったジョヴァンニ・レグレンツィらに師事し、音楽の研鑽を積みます。1687年には、サン・マルコ寺院付属の音楽家協会設立に際し、臨時の歌手として参加したのが最初の音楽活動と記録されています。その後、彼はサン・マルコ寺院内で着実に地位を築いていきました。1689年には正式なカウンターテナー歌手となり、1690年には第二オルガニストの助手、そして1692年には満場一致で第二オルガニストに昇任しました。さらに1704年には、前任者の死去に伴い第一オルガニストに任命されています。

サン・マルコ寺院での正規の役職に就きつつも、当時の俸給は十分ではなく、生活を補うために多くの作品を作曲する必要がありました。ミサ曲やモテットといった宗教作品に加え、合唱曲やオラトリオなども手がけています。また、1697年から1707年にかけては、慈善施設（オスペダーレ）の一つである精霊学院の楽長も兼任し、そこでの音楽活動や教育にも従事しました。

教会音楽での活動と並行して、劇場のための世俗音楽、特にオペラの作曲にも精力的に取り組みました。1693年にオペラ第1作「無実の勝利」がヴェネツィアで初演されて以来、ロッティは短期間で人気オペラ作曲家の一人となり、1706年から1717年にかけて16曲以上のオペラを書き上げています。

彼のオペラ作曲家としての名声は国外にも及び、1717年にはザクセン選帝侯の招きにより、家族や同行する音楽家たちと共にドイツのドレスデンへ赴く許可を寺院から得ました。ドレスデンでは約2年間宮廷歌劇場で活動し、選帝侯の結婚を祝うためのオペラ3作品（「アルゴのジョーヴェ」、「アスカーニオ」、「テオファーネ」）を作曲・上演しました。このドレスデン滞在中の1717年には、彼のミサ曲が演奏され、その荘厳かつ芸術的な演奏様式は地元で大きな反響を呼びました。特に「叡智のミサ曲」の楽譜は、バッハやヘンデル、ゼレンカといった同時代の著名な音楽家によって筆写されていたことが知られており、彼の作品が彼らに与えた影響がうかがえます。

1719年にヴェネツィアに戻ってからは、オペラからは距離を置き、室内楽や宗教曲、特に無伴奏合唱曲の作曲に専念しました。サン・マルコ寺院での地位はさらに高まり、1733年には臨時楽長を経て、1736年にはついに終身楽長に就任しました。楽長の地位は比較的安定しており、無料の住居も提供されました。

1740年1月5日、ヴェネツィアで病のため73歳の誕生日を迎えることなく逝去しました。遺体は聖ジェミニアーノ教会に埋葬されましたが、1807年に教会が取り壊された際に墓所も失われ、現在の場所は不明となっています。ロッティは著名なソプラノ歌手であるサンタ・ステッラ・スカラベッリを妻として迎えています。

作曲活動

アントーニオ・ロッティは、教会音楽から劇場音楽、室内楽に至るまで、非常に幅広いジャンルにわたる作品を残しました。ミサ曲やカンタータといった宗教曲、多数のマドリガル、約30曲のオペラ、そして器楽曲などが含まれます。特にアカペラ様式による宗教合唱曲はロッティの重要なレパートリーの一つです。

彼の作品の中で特に広く知られているのは、印象的な不協和音の使用が特徴的な8声のアカペラ合唱曲「十字架につけられ給いて」（Crucifixus）と、イタリア古典歌曲の代表曲として親しまれている「美しい唇よ、お前が言ったのだ」（Pur dicesti, o bocca bella）でしょう。ロッティの音楽スタイルは、バロック音楽の豊かな表現力と、後の古典派音楽に見られる明快さや形式感を橋渡しする役割を担っていたとも評されています。

多くの作品は生前出版されず、手稿の形でヨーロッパ各地の図書館などに保管されており、研究や演奏を通じて徐々にその全貌が明らかになりつつあります。近年では、オペラ「テオファーネ」の復活上演や、「叡智のミサ曲」、「鎮魂ミサ曲」（レクイエム）といった大作の録音が行われるなど、ロッティの音楽に対する再評価が著しく高まっています。

主な作品

ミサ曲

• - ミサ曲 ハ長調 「三声のミサ曲」
• - ミサ曲 ニ短調 「ミサ・ブレヴィス ニ短調」
• - ミサ曲 ハ長調 「ミサ・ブレヴィス ハ長調」
• - ミサ曲 「《主よ、我が苦を見たまえ》 によるミサ曲」
• - ミサ曲 ト短調 「叡智のミサ曲」（キリエとグローリアのみ）
• - ミサ曲 「聖クリストフォルスのミサ曲」
• - ミサ曲 イ長調 「第六旋法のミサ曲 第一番」
• - ミサ曲 ニ短調 「第六旋法のミサ曲 第二番」
• - ミサ曲 イ長調 「聖堂のミサ曲」
• - ミサ曲 変ホ長調 「ミサ・ブレヴィス 変ホ長調」
• - ミサ曲 「四旬節のミサ曲」
• - 鎮魂ミサ曲 ヘ長調 （レクイエム）

宗教作品

• - 8声のアカペラ合唱曲 「十字架につけられ給いて」（クルチフィクスス）
• - 詩篇109 「ディクシト・ドミヌム」
• - 詩篇112 「ラウダーテ・プエリ」
• - 詩篇115 「クレディディ」
• - 詩篇116 「ラウダーテ・ドミヌム」
• - クレド ヘ長調
• - サンクトゥス（聖なるかな）
• - ミゼレーレ ニ短調
• - ミゼレーレ ト短調

世俗作品

• - 歌劇 「アルゴのジョーヴェ」（ヘンデルも同名のオペラを作曲）
• - 歌劇 「アスカーニオ」
• - 歌劇 「テオファーネ」（ヘンデルの「オットーネ」の素材にも関連）
• - 歌曲 「Pur dicesti, o bocca bella 」（美しい唇よ、お前は言ったのだ）
• - 多数の世俗カンタータ

器楽曲

• - シンフォニア 6曲
• - 四重奏曲（2オーボエ、2ファゴット）
• - トリオ・ソナタ イ長調（フルート、オーボエ・ダモーレ、通奏低音）
• - トリオ・ソナタ ハ長調（オーボエ・ダモーレ、フルート、通奏低音）
• - トリオ・ソナタ（フルート、ヴィオラ・ダ・ガンバ、チェンバロ）
• - トリオ・ソナタ 「エコー・ソナタ」（2オーボエ、ファゴット、通奏低音）
• - ヴァイオリンと通奏低音のためのソナタ 6曲
• - クラヴィーアのための喜劇的舞曲 「身持ちの悪い少女」

※《オーボエ・ダモーレ協奏曲 ニ長調》はかつてロッティの作とされていましたが、ヨハン・ダーフィト・ハイニヒェンの作品であることが判明しています。

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