アントニヌスの長城

アントニヌスの長城：ローマ帝国北辺の防衛施設

スコットランドの中央部には、古代ローマ帝国の威容を今に伝えるアントニヌスの長城の遺跡が残されています。西暦142年から144年という短い期間に建設されたこの長城は、クライド湾からフォース湾まで、およそ60キロメートルにわたって伸びています。その壮大なスケールと、わずか2年という驚異的な建設期間は、ローマ帝国の技術力と組織力を物語っています。

アントニヌスの長城は、それ以前に建設されていたハドリアヌスの長城に代わり、ローマ帝国の北辺防衛の最前線となりました。ローマ軍は長城の北側をカレドニアと呼び、この地に住むスコットランド人たち（カレドニア人）との抗争が絶えませんでした。そのため、長城は幾度も攻撃を受け、激しい戦いの舞台となりました。ハドリアヌスの長城と比較すると、規模や堅牢さにおいて見劣りする部分もありますが、厳しい自然環境下でわずか2年で完成させたことは、まさに驚嘆すべき偉業です。

長城は、高さ約4メートル、幅広の堀と南側の軍道を備えた土塁構造でした。当初は9.6キロメートルごとに堡塁を建設する計画でしたが、実際には約3.2キロメートルごとに19の堡塁が設置されました。ラフ・キャッスル砦などは、その保存状態の良さから、当時の様子を知る上で貴重な遺跡となっています。

しかし、アントニヌスの長城は長くは存続しませんでした。西暦164年、後継皇帝アウレリウス帝の治世下で、ローマ軍はハドリアヌスの長城へと撤退し、わずか20年で放棄されてしまったのです。その後、ブリソン族との講和を経て、この地域はローマ帝国の辺境地帯となり、緩衝地帯としての役割を担いました。

しかし、西暦197年に再び戦闘状態となり、セプティミウス・セウェルス帝は西暦208年にスコットランドに遠征し、アントニヌスの長城の補修を命じました。この大規模な修復工事は、セウェルス帝の病死によって中止されるまで続きました。

長い年月を経て、風雨や資材の流用などによって、アントニヌスの長城は大きく損傷し、現在ではその多くが失われています。しかし、ビアースデン、カーキントルック、トゥエーカー、クロイ、ファルカーク、ポルモントなど、いくつかの地点では、今でも長城の一部を見ることができます。これらの遺跡は、古代ローマ帝国の歴史と技術を伝える、貴重な遺産として保存されています。

興味深いことに、スコットランドの中世の年代記では、アントニヌスの長城を「グリム堤」と呼んでいます。この名称は、ファーカーの伝説上の王エウゲニウスの父祖に由来するとも、ボーネス付近の名家グラハム一族に関連付けられるとも考えられており、「グラハム堤」と呼ばれることもあります。また、「グリム」は古代ゲルマンの伝説に登場する、治水事業で知られる神の名と関連付ける説もあります。考古学者は通常、この長城を「ピウスの長城」または「アントニヌスの土塁」と呼んでいます。

2007年、英国政府はアントニヌスの長城をユネスコの世界遺産候補として申請し、2008年に「ローマ帝国の国境線」の一部として登録が認められました。この登録は、アントニヌスの長城の歴史的・考古学的価値を国際的に認めさせる大きな成果となりました。現在も、この貴重な歴史遺産は、多くの人々を魅了し続けています。

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