アントニー・ホルボーン

アントニー・ホルボーン (1545年頃 – 1602年11月29日) は、イングランド後期ルネサンス期を代表する作曲家の一人です。今日では主に器楽曲で知られていますが、彼の活躍は多岐に渡りました。声楽曲や詩作にも才能を発揮し、音楽理論書も執筆していたと伝えられています。同時代の作曲家、ジョン・ダウランドをして「いとも気高いホルボーン」と評されるほど、エリザベス1世の宮廷においては、比肩する者がないほどの存在感を持っていました。

彼の生涯は、1562年のケンブリッジ大学入学から始まります。その後、インナーテンプル法学院で法律を学び、1584年には結婚。1602年、風邪のためと伝えられる病に倒れ、47歳（もしくはそれ以上）で生涯を閉じました。

作曲家としての彼の評価は、同時代から非常に高く、ダウランドは自身の作品集『エア集 第2巻』(1600年) の冒頭をホルボーンに献呈しています。これは、ホルボーンの音楽的才能と地位の高さを如実に示すエピソードと言えるでしょう。宮廷音楽家としてエリザベス女王に仕える傍ら、1590年代には外交使節の一員として、王室秘書官のソールズベリー伯ロバート・セシルの宮廷にも出入りしていました。また、ペンブローク伯夫人メアリ・スミスを庇護者としていたことも知られています。

ホルボーンの作品は、独奏楽器のための楽曲から、複数の楽器のための合奏曲まで多様です。中でも注目すべきは、1597年に出版された『シターン指南 (Cittarn Schoole)』と、1599年に出版された『ヴァイオルもしくはヴァイオリン属と管楽器のためのパヴァン集、ガリアード集、アルメーン集ならびにエア集 (Pavans, Galliards, Almains and other short Aeirs, both grave and light, in five parts, for Viols, Violins or other Musicall Winde Instruments)』です。

『シターン指南』は、ホルボーン自身のシターン独奏曲集であると同時に、弟ウィリアム・ホルボーンのマドリガーレ6曲も収録しています。序文では、自身の作品を「若気の至り」と謙遜しながらも、その創作に費やした時間を暗示しており、若き日の情熱と熟練の技が共存する作品集であることが分かります。

一方、『ヴァイオルもしくはヴァイオリン属と管楽器のためのパヴァン集…』は、65曲もの自作を含む、16世紀において最大規模の舞曲集です。パヴァンとガリアードの組曲が中心ですが、アルメーンや、舞曲とは言い切れない性格的小品も含まれています。これらの小品には、意味深長、幻想的、あるいは滑稽なタイトルが付けられており、当時の流行歌や劇音楽の編曲も含まれていると推測されています。これらの作品からは、ホルボーンが当時の音楽シーンを広く捉え、多様な音楽表現に挑戦していた様子が見て取れます。

アントニー・ホルボーンの作品は、現代においても演奏され、高く評価されています。彼の音楽は、後期ルネサンス音楽の豊かな表現力と洗練された技術を示す重要な証であり、イングランド音楽史において重要な位置を占めていると言えるでしょう。彼の作品は、単なる舞曲集や教則本にとどまらず、当時の社会風俗や音楽文化を理解する上で貴重な資料となっています。彼の作品を研究することは、16世紀末のイングランド音楽の多様性と豊かさを理解する上で欠かせない要素なのです。

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