アントン・アレンスキー

アントン・ステパノヴィチ・アレンスキーは、19世紀後半のロシアを代表する作曲家、音楽教育者です。1861年7月12日にロシア帝国ノヴゴロドで生まれ、1906年2月25日にフィンランド大公国（現ロシア領ゼレノゴルスク）で44歳という若さで亡くなりました。彼の短い生涯は、音楽教育者としての成功と、作曲家としての幅広い作品群、そして精神的な苦悩と放蕩が入り混じったものでした。

アレンスキーは、恵まれた家庭環境の中で幼少期から音楽に親しみ、1879年からはリムスキー＝コルサコフに作曲を師事しました。また、サンクトペテルブルク音楽院で対位法とフーガを学び、1882年に優秀な成績で卒業しています。翌1883年には、モスクワ音楽院に作曲法の講師として招かれ、1889年には教授に昇進しました。彼は、ラフマニノフ、グレチャニノフ、スクリャービンといった後の音楽界を牽引する才能を育て上げました。特にスクリャービンとは後に確執が生じましたが、アレンスキーの教育者としての能力は高く評価されています。

1880年代半ばには、結婚生活の不運も重なり、深刻な精神病を患いました。1895年に教職を辞し、サンクトペテルブルク宮廷礼拝堂の楽長に就任。1901年までピアニスト、指揮者としても幅広く活動しました。その後は、豊かな年金を得て公職には就かず、晩年は飲酒や博奕に溺れる生活を送りました。1906年、結核のために44歳で短い生涯を終え、サンクトペテルブルクのアレクサンドル・ネフスキー大修道院に埋葬されました。

アレンスキーは、45歳に満たない生涯で、2曲の交響曲、ヴァイオリン協奏曲、ピアノ協奏曲、室内楽曲、合唱曲、オペラなど、約250曲もの作品を作曲しました。彼の作風は、師であるリムスキー＝コルサコフやチャイコフスキーの影響を受けつつも、ショパンやシューマンの要素を取り入れ、独自の抒情性を追求したものです。民謡風の旋律を多用しつつも、同時代のグラズノフやカリーンニコフに比べると、必ずしもロシア的とは言えない側面も持ち合わせています。また、フランス的な要素も感じられ、息詰まるような緊張や激しい葛藤を避け、穏やかで抒情的な表現を好む傾向がありました。時折、彼のピアノ曲はサロン音楽に近いと評されることもありました。

アレンスキーの音楽は、折衷主義的であると批判されることもありましたが、その作品の多くは、質の高さを示しており、現代においても再評価の機運が高まっています。リムスキー＝コルサコフは、「アレンスキーはすぐに忘れられるだろう」と予言しましたが、実際には彼の作品は、今もなお多くの音楽ファンに愛され続けています。

アレンスキーの代表的な作品には以下のようなものがあります。

歌劇:
ヴォルガ川上の夢 op.16
ラファエロ op.37
ナルとダマヤンティ op.47
バレエ音楽:
エジプトの夜 op.50
交響曲:
交響曲第1番ロ短調 op.4
交響曲第2番イ長調 op.22
管弦楽曲:
幻想曲「マルグリット・ゴーティエ」Op.9
間奏曲ト短調 op.13
チャイコフスキーの主題による変奏曲 op.35a
行進曲「スヴォロフの思い出に」
協奏曲:
ピアノ協奏曲ヘ短調 op.2
リャビーニンの主題による幻想曲 op.48
ヴァイオリン協奏曲イ短調 op.54
室内楽曲:
弦楽四重奏曲第1番ト長調 op.11
2つの小品 op.12 (チェロとピアノ)
ピアノ三重奏曲第1番ニ短調 op.32
弦楽四重奏曲第2番イ短調 op.35
ピアノ五重奏曲ニ長調 op.51
ピアノ三重奏曲第2番ヘ短調 op.73
ピアノ曲:
組曲第1番 op.15 (2台ピアノ)
組曲第2番『シルエット』op.23 (2台ピアノ)
組曲第3番 op.33 (2台ピアノ)
組曲第4番 op.62 (2台ピアノ)
組曲第5番 op.65 (2台ピアノ)
5つの小品 op.5
24の性格的小品 op.36
4つの練習曲 op.41
12の前奏曲 op.63
合唱・声楽曲:
戴冠式10周年記念のためのカンタータ op.26
カンタータ『バフチサライの泉』 op.46
正教会聖歌:
天主経（主の祈り）第3番 op.40

アレンスキーの作品は、彼の生涯と同様に、複雑で多面的な魅力を持っています。彼の音楽を聴くことで、19世紀末のロシア音楽の一つの側面を知ることができるでしょう。

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