アントン・シュタードラー

アントン・シュタードラー：モーツァルトが愛したクラリネット奏者

アントン・シュタードラー（Anton Stadler, 1753年6月28日 - 1812年6月15日）は、オーストリア出身のクラリネット、バセットホルン奏者であり、作曲家としても活動しました。彼は、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトとの深い親交で特に知られています。

生涯

シュタードラーは、下オーストリア州のハンガリー国境に近いブリュック・アン・デア・ライタで、音楽家であり靴職人でもあったヨゼフ・シュタードラーの息子として生まれました。弟のヨハン・シュタードラーと共に音楽教育を受け、1773年にはウィーン音楽家協会のコンサートで演奏家としてデビューしました。1779年にはウィーン宮廷楽団と契約し、翌年にはフランシスカ・ビヒラーと結婚。フランシスカとの間には8人の子供が生まれ、そのうち3人が成人しました。モーツァルトとの親交はこの頃から始まったと考えられています。1787年には宮廷楽団に正式に入団し、1791年頃からは単独で演奏旅行を行うようになり、各地で名声を博しました。しかし、1812年にウィーンで貧困のうちに亡くなりました。

シュタードラーは、私生活では多くの問題を抱えていました。各地に多額の借金があり、1801年以降は愛人と同棲し、妻フランシスカとは別居していました。また、モーツァルトと同様にフリーメイソンに入会しており、これが2人の親交を深めるきっかけになったとも言われています。

演奏

シュタードラーは、その美しい音色で知られていました。モーツァルトは彼に対し、「あなたの演奏ほど、クラリネットが巧みに人の声に近づくことができるとは思ったことがありませんでした。あなたの音は柔らかく繊細で、心ある者は抗うことができません」と賛辞を送っています。彼は特にクラリネットやバセットホルンの低音域の演奏に優れており、弟ヨハンと共演する際には、首席奏者でありながら2番クラリネットを担当することも多かったようです。彼は楽器製作者のテオドール・ロッツと協力し、クラリネットの低音域を記譜音Cまで拡張した、現在でいうバセット・クラリネットを開発しました。

モーツァルトはシュタードラーの演奏に感銘を受け、晩年の代表作であるクラリネット五重奏曲KV581やクラリネット協奏曲KV622をはじめ、多くのクラリネット作品をシュタードラーを念頭に置いて作曲しました。2人の関係については様々な説があり、経済的に苦しかったモーツァルトがシュタードラーから借金をしていたという説や、晩年のモーツァルトの生活をシュタードラーが支えていたという説があります。モーツァルトの協奏曲と五重奏曲の自筆譜が失われたのは、シュタードラーが借金の担保としてこれらの楽譜を売却したためだとも言われています（中には現存しない作品もあったとされています）。

シュタードラーのために、フランツ・クサーヴァー・ジュースマイヤー、レオポルト・アントニーン・コジェルフ、ヨーゼフ・アイブラーなどの作曲家も作品を提供しました。シュタードラー自身も作曲家として活動し、弟ヨハンと共演するために書かれたと思われるクラリネット二重奏曲など、いくつかの作品が出版されています。

バセット・クラリネット

バセット・クラリネットは、シュタードラーと楽器製作者テオドール・ロッツの協力によって開発された楽器です。通常のクラリネットよりも低い音域を出すことができ、モーツァルトのクラリネット協奏曲などでその魅力的な音色を聴くことができます。

シュタードラーは、モーツァルトの音楽に多大な影響を与えただけでなく、クラリネットという楽器の可能性を大きく広げた功績者と言えるでしょう。

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