アンリエット・ルニエ

（Henriette Renié, 1875年 9月18日 - 1956年 3月1日）

フランスのハープ奏者、作曲家、そして傑出した教育者として、アンリエット・ルニエは、まだ女性の社会進出が一般的でなかった時代において、自らの才能と信念を貫き成功を収めた先駆的な芸術家です。厳格なカトリック信仰と質素な生活を送りながらも、ハープという楽器の可能性を広げ、数多くの名手たちを育成しました。

生涯

ルニエは、画家を志しながらも家業を継がずに俳優となった父ジャン＝エミールと、遠縁にあたる母ガブリエル・ムシェのもとに生まれました。幼い頃から音楽に触れ、特にハープに強い関心を抱きました。兄たちが多かったルニエは活発な一面もありましたが、四男のフランソワとは生涯にわたって深い絆で結ばれていました。両親とも親密な関係を保ち、父親の死後は経済的な支えとなりました。

音楽教育とキャリアの黎明

5歳でピアノの手ほどきを受けた後、著名なハープ奏者アルフォンス・アッセルマンの演奏に感銘を受け、彼のもとで学びたいと強く願うようになります。8歳になってようやくハープに触れる機会を得て、セバスチャン・エラールの音楽教室でアッセルマンに師事。その並外れた才能はすぐに認められ、1885年にパリ音楽院に入学すると、わずか10歳でハープ演奏科の次席、翌年には首席となります。

当時の音楽院では14歳以下の学生に和声法や作曲が許可されていませんでしたが、ルニエは特例としてこれらの講義に出席を許されました。テオドール・デュボワ、アンブロワーズ・トマ、ジュール・マスネといった大家たちから作曲を奨励されたものの、女性は家庭にいるべきという社会観念に慣れていたためか、自作を公にすることにはためらいがありました。初めての自作曲《アンダンテ・レリジオーソ》を教師たちに見せるまで6週間も隠し続けた逸話は、当時の彼女の心情を物語っています。

演奏活動と作曲

音楽院を12歳で修了した後、ルニエはフランス各地で演奏活動を行い、パリで指導を始めます。早くから指導者としての才能を発揮し、年上の入門者を含む多くの生徒が集まるようになりました。15歳での初リサイタルは、プログラムの表記を巡るアッセルマンとの確執を生みましたが、ルニエは旧師との関係を修復しようと努めました。しかし、アッセルマンは彼女に真剣な音楽学生を紹介せず、裕福な女性ばかりを送り込むなど、困難な状況が続きました。

作曲家としても重要な足跡を残しました。音楽院在籍中に着手した《ハープ協奏曲ハ長調》を1901年に完成させ、病を抱えながらも自らソリストとして初演を成功させました。この作品は、ハープが単なる伴奏楽器ではなく、オーケストラと対等に渡り合える独奏楽器であることを示し、後進の作曲家によるハープ作品創作の道を切り開きました。また、1903年には詩人ルコント・ド・リールの作品に触発された《伝説曲》を作曲し、これも彼女の代表作となりました。

教育者としての功績と苦難

ルニエは教育者としても比類なき能力を発揮しました。彼女独自の教授法は多くの生徒を魅了し、カルロス・サルセード、マルセル・グランジャニー、ハーポ・マルクス、スーザン・マクドナルドといった国際的に活躍するハープ奏者を育てました。特にグランジャニーは、ミルドレッド・ディリングと共にルニエの教授法をアメリカに広める上で重要な役割を果たしました。

1912年、高齢となったアッセルマンからパリ音楽院の後任教授職を打診されますが、当時器楽科に女性教授は前例がなく、さらに政府の承認が必要でした。敬虔なカトリックであるルニエは、政教分離を進める政府から「共和制の敵」と見なされていたこともあり、その信仰心が採用の障害となり、教授の座はマルセル・トゥルニエに譲られることになりました。偶然にも、アッセルマンはルニエの不採用を知らされた晩に世を去っています。

その後もルニエは、エコール・ノルマル音楽院からの招聘を断り、1914年には自身の名を冠したハープコンクールを設立。ピエルネやラヴェルといった著名な音楽家を審査員に迎え、若手ハープ奏者の育成に力を注ぎました。第一次世界大戦中はハープ指導で生計を立てつつ、慈善演奏会を精力的に行い、困窮する芸術家を匿名で支援しました。

後期の活動と晩年

戦後、ルニエは名指揮者トスカニーニからの契約要請を受けますが、老 ailing 母の看護のためこれを辞退します。また、1922年にはレジオンドヌール勲章に推薦されますが、ここでも宗教的信念を理由に受章を固辞しました。

1926年にはコロムビアやオデオンといったレーベルで録音を行い、特に《小さな妖精たちの踊り》はプリ・デュ・ディスク賞を受賞するなど成功を収めましたが、スタジオ録音の環境が性に合わず、以降は積極的な録音活動は行いませんでした。

第二次世界大戦中、出版社からの依頼で長年の教育経験を集大成した『ハープ奏法』の執筆に取り組みます。この教則本は世界中の音楽学校で採用され、ルニエの教授法の重要性を不動のものとしました。晩年は坐骨神経痛や呼吸器系の疾患、消化器系の感染症など多くの病に苦しみますが、鎮痛剤を服用しながらも最期まで情熱的に指導を続けました。

トゥルニエの引退後、再びパリ音楽院教授職を打診されますが、今回は自身の年齢を理由に辞退。しかし、最終的にはレジオンドヌール勲章を受章しました。受章翌年、《伝説曲》を含む演奏会を開き、これが最後の演奏になると予言するかのように語りました。そして、その数ヶ月後の1956年 3月1日、80年の生涯を閉じました。

人物像とハープへの貢献

ルニエは、若い頃から芸術活動に専念することを決意し、複数の男性からの求婚を断っています。特に指揮者アンリ・ラボーからの申し出も受けませんでした。代わりに、半盲の声楽家だったシュヴィヤール夫人との交流を通じて精神的な支えを得ました。

経済的には決して豊かではなく、家族を支援したり自身の楽器を揃えたりするために苦労しましたが、弟子たちからは一切の手数料を取らず、時には無料で指導するなど、教育者としての倫理観を高く保ちました。

敬虔なカトリック信者であったルニエは、フランス政府が進める政教分離政策に公然と反対し、常に十字架を身に着けていました。このため政府からは警戒されましたが、友人や弟子たちが恐れるような状況でも、ドイツのプロパガンダポスターを破り捨てるなど、自身の信念を決して曲げない強い意志の持ち主でした。

楽器開発にも間接的に関与しました。エラールのダブルアクション・ペダル・ハープに批判的だった彼女の意見を聞いた楽器職人ギュスターヴ・リヨンは、新しいクロマティック・ハープの開発に着手しました。しかし、ルニエ自身が万博でエラール・ハープを実演したことが、皮肉にもエラール・ハープの普及を後押しする結果となりました。その後、ハープメーカーのサルヴィ社は「ルニエ型」と呼ばれる楽器を開発し、フランス学士院は「ルニエ・ハープ音楽作曲賞」を設立するなど、彼女の名前はハープ界に深く刻み込まれています。

ルニエは、その生涯を通じてハープという楽器の芸術的地位を高め、優れた演奏家と教育者として後世に計り知れない影響を与えました。彼女の音楽と教えは、今なお多くのハープ奏者にとって重要な規範となっています。

もう一度検索