アーサー・マッケン

アーサー・マッケン：20世紀怪奇小説の巨匠

アーサー・マッケン (1863年3月3日 - 1947年12月15日) は、20世紀の怪奇小説に多大な影響を与えたイギリスの小説家です。本名はアーサー・ルウェリン・ジョーンズ。ウェールズのモンマスシャーに生まれた彼は、聖公会司祭の子として、幼少期から文学に親しむ環境で育ちました。

ロンドンで医師を目指して王立軍医学校を受験するも失敗、その後作家を志し再度ロンドンへ。幼少期の故郷の風景や、不思議な幻想体験が、後の作品世界に大きな影響を与えます。家庭教師や出版社での仕事で生計を立てながら執筆活動を開始。1883年には私家版詩集『エレウシニア』を出版しています。

1886年にはエッセイ『煙草の解剖学』を出版、小説の雑誌掲載も開始。フランス文学の翻訳なども手がけながら作家としての道を歩み始めます。1894年にはカザノヴァ『回想録』の翻訳を手がけるなど、多様な活動を通して経験を積んでいきました。1887年には最初の妻アメリアと結婚。親類からの遺産相続により、生活に困ることなく執筆活動に専念できるようになりました。

しかし、マッケンの本格的な小説である『パンの大神』は、当時のイギリス文学界から激しい批判を受けます。その後の『三人の詐欺師』における「黒い石印」と「白い粉薬のはなし」では、批判はさらに激しさを増し、「汚物文学」とまで酷評される始末でした。妻アメリアの死後、心霊研究家A・E・ウェイトの誘いで、魔術結社「ヘルメス主義黄金の黎明団」にも約1年間所属。この経験は『白魔』などに反映されていると考えられています。

1901年には俳優として「フランク・ベンスン・シェークスピア・レパートリー劇団」に参加。そこで知り合ったドロシー・ピュアフォイと再婚します。この頃には、自伝的な要素の強い『夢の丘』や、心境小説的な作品『生活の欠片』などを執筆しています。第一次世界大戦後は、新聞社勤務を経てエッセイや犯罪実録物を執筆。晩年は妻と静かにバッキンガムシャーのアマシャムで暮らしました。

晩年の生活は決して豊かではありませんでしたが、知人たちの働きかけにより、1933年には国王ジョージ5世から王室下賜年金を受け、1943年にはジョージ・バーナード・ショーらからの義捐金を受け取るなど、支援を受けながら生活を送りました。1947年3月に妻ドロシーが死去、同年12月にビーコンズフィールドの病院で亡くなりました。

第一次世界大戦中、マッケンが『イヴニング・ニューズ』に発表した「弓兵」という作品は、聖ジョージが戦場でイギリス兵を助けたという内容でした。この作品は、多くの人々が事実だと信じ込み、大きな反響を呼びました。マッケンはフィクションであると表明しましたが、噂は広まり続け、この作品は彼の生涯で唯一のベストセラーとなりました。この事件は「モンスの天使」事件として知られています。

マッケンの作品は、後世の作家に大きな影響を与えました。1920年代にはアメリカで評価が高まり始め、1930年代にはH・P・ラヴクラフトが、マッケンをコズミックホラーの巨匠として高く評価しています。ラヴクラフトの『闇に囁くもの』には、『黒い石印』を彷彿とさせる描写が見られるほどです。オーガスト・ダーレスもマッケンを絶賛しており、「近代英国怪奇文学の三巨匠」の一人として、アルジャーノン・ブラックウッド、M・R・ジェイムズと共に挙げられることもあります。ヘンリー・ミラーも『夢の丘』を最も影響を受けた作品の一つとして挙げています。

日本では1970年代に平井呈一による翻訳で本格的に紹介され、彼の作品は日本の怪奇文学にも多大な影響を与えました。日本のホラー作家である朝松健の筆名も、マッケンに由来するものです。彼の作品は、現在も世界中の読者によって読み継がれ、その幻想的な世界観は、多くの作家や芸術家にインスピレーションを与え続けています。

主な作品:

小説：『パンの大神』『三人の詐欺師』『白魔』『夢の丘』『秘めたる栄光』『輝く金字塔』『生活の欠片』『緑地帯』など
随想・研究：『煙草の解剖学』『神聖文字』『エリザベス・キャニングの謎』など

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