闇に囁くもの

『闇に囁くもの』：クトゥルフ神話の転換点

ハワード・フィリップス・ラヴクラフトによるクトゥルフ神話の一つ、『闇に囁くもの』(The Whisperer in Darkness)は、1930年から1931年にかけて発表された小説です。本作は、それまでのクトゥルフ神話作品とは異なる、SF的な要素が色濃く反映されている点が大きな特徴です。特に、地球外生命体ミ＝ゴ（別名：ユゴスよりのもの）が初めて登場する作品として知られており、その詳細な生態や宇宙からの来歴が描かれることで、ラヴクラフト作品世界に新たな地平が開かれました。

この作品は、ラヴクラフト自身のバーモント州への旅行体験や、1927年の同州の大洪水、1930年の冥王星発見といった出来事から着想を得て執筆されたと言われています。また、作中には架空の研究者、ヘンリー・エイクリーが登場し、彼の奇妙な行動や、ウィルマース教授との交流を通して物語は展開していきます。

物語のあらすじ

ミスカトニック大学の教授、アルバート・N・ウィルマースは、バーモント州の山奥に伝わる怪物の伝説に興味を持ち、調査を進めていました。ある日、彼は地元の研究者であるヘンリー・エイクリーから手紙を受け取ります。エイクリーは、代々住む土地が太古の昔、宇宙から来た異星生物ミ＝ゴの拠点であったと主張し、その証拠を収集しているものの、何者かの妨害を受けていると訴えました。

ウィルマースとエイクリーは文通を通して情報交換を進めますが、手紙や電報が途絶えたり、偽物が届いたりする不可解な出来事が発生します。さらに、エイクリーの住居が銃撃されたり、飼っていた犬が殺されたりと、危険な状況がエスカレートしていきます。やがてエイクリーはウィルマースに研究の中止を勧めます。

しかし、ある日、エイクリーから突然、ウィルマースを自宅に招待する手紙が届きます。怪物の存在を認め、和解したというのです。しかし、手紙の筆跡が普段と異なり、タイプライターで打たれていたことから、ウィルマースは疑念を抱きながらも、エイクリーの住む山奥へと向かいます。

そこで出会ったエイクリーは、病気を装い、暗い部屋の中で毛布に包まれた姿で座っていました。彼はミ＝ゴによる脳摘出手術を受け、宇宙旅行が可能になったとウィルマースに語りかけ、彼をも誘います。

その夜、ウィルマースはエイクリーの不気味な行動に恐怖を感じ、逃げ出します。逃げ出した後、彼が見たのは、ソファーの上に置かれた毛布と、エイクリーそっくりな生首と両手首だけでした。この衝撃的な光景が、物語のクライマックスとなります。

登場人物

アルバート・N・ウィルマース: ミスカトニック大学の教授。民俗学にも造詣が深く、物語の語り手。
ヘンリー・ウェントワース・エイクリー: バーモント州在住の研究者。ミ＝ゴの研究に没頭するも、危険な目に遭う。
ジョージ・グッドイナフ・エイクリー: エイクリーの息子。
ノイス: 謎の人物。エイクリーと関係していると思われる。
* ミ＝ゴ（ユゴスよりのもの）: 惑星ユゴスから来た知的生命体。高度な科学力を持つ。

クトゥルフ神話との関連

『闇に囁くもの』は、惑星ユゴスやミ＝ゴといったクトゥルフ神話の重要な要素が登場するだけでなく、他のクトゥルフ神話作品、さらには他の作家による作品にも言及しています。特に、クラーク・アシュトン・スミスが創造したツァトゥグァや、他の作家が創造したハスター、黄の印、ハリ湖といった要素が取り入れられています。これらの要素が複雑に絡み合い、ラヴクラフトの宇宙観をより深く理解する上で重要な作品となっています。

また、本作は『サタムプラ・ゼイロスの物語』、『破風の窓』、『アーカムそして星の世界へ』、『エリザベス・エイクリーの場合』、『タイタス・クロウ・サーガ』といった、他のクトゥルフ神話作品群とも関連しており、それらの作品を読む上でも重要な知識を提供しています。

『闇に囁くもの』は、宇宙からの脅威と人間の脆さを描いた、不気味でスリリングな物語です。ラヴクラフト作品の中でも特にSF的な要素が強く、クトゥルフ神話への理解を深める上で重要な作品と言えるでしょう。その独特の世界観と、謎に満ちた展開は、読者に強烈な印象を与え続けることでしょう。

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