アーネスト・キング

アーネスト・ジョゼフ・キング：アメリカ海軍を率いた戦略家

アーネスト・ジョゼフ・キング（Ernest Joseph King, 1878年11月23日 - 1956年6月25日）は、アメリカ海軍の軍人であり、最終階級は海軍元帥です。第二次世界大戦中には、アメリカ艦隊司令長官兼海軍作戦部長（COMINCH-CNO）として、アメリカ海軍の作戦全体を指揮しました。太平洋艦隊司令長官であるチェスター・ニミッツの上官としても知られています。

生い立ちと海軍入隊

キングは1878年、オハイオ州ロレインで生まれました。アイルランド系の父は鉄道修理工場員、母方の祖父はイギリス出身の船大工でした。経済的に恵まれない家庭環境の中、1897年にアナポリス海軍兵学校へ入学。在学中には米西戦争に参加しています。1901年に卒業し、少尉候補生として戦艦イリノイに配属されましたが、すぐに副長と衝突し、巡洋艦シンシナティに転属となりました。シンシナティでは、分隊長として部下を率い、海軍の射撃コンテストで優勝するなど、早くからその能力を発揮しました。当時のアメリカ海軍は、外国出身の水兵が多く、脱走やトラブルが絶えませんでしたが、キングは「厳しく公正」な態度で部下をまとめました。

日本での体験

キングは、巡洋艦シンシナティでの勤務中に日本を訪れた際、鎌倉でスリに遭い、財布を盗まれるという経験をしました。駅員に事情を説明しても現金払いを要求され、上着を担保に切符を買うことになりました。この出来事は、キングに日本人に対する不信感を抱かせ、後の彼の対日戦略にも影響を与えたと言われています。日露戦争の勝利も重なり、当時の日本人の白人に対する傲慢な態度が、キングに強い悪印象を与えました。

戦間期

第一次世界大戦後、キングは潜水艦の引き上げ作業を指揮し、その功績で海軍殊勲章を受章しました。その後、航空畑に進み、空母レキシントンの艦長を務めました。キングは、当時「たるんだ艦」と見なされていたレキシントンを立て直し、乗組員の士気を高めました。また、部下との対話を重視し、彼らの意見にも耳を傾けました。この頃、後のSF作家となるロバート・A・ハインラインがレキシントンに勤務しており、キングについて多くのインタビューに答えています。

海軍大学校では、対日戦略を検討する課題で、日本が奇襲攻撃を仕掛ける可能性を予測しました。自身の日本での体験から、「日本人の特性として、相手の不利に容赦しない」と指摘し、その軍事戦略の基礎は奇襲と前進基地の推進であると結論付けました。

その後、海軍省航空局長、戦闘部隊航空群司令官などを歴任し、1940年には哨戒部隊司令官に就任しました。この頃、キングは、その能力を認められ、海軍内で重要な役割を担うようになっていきます。

第二次世界大戦

真珠湾攻撃後、キングは合衆国艦隊司令長官（COMINCH）に任命されました。キングは、海軍のトップとして、太平洋戦線だけでなく、大西洋戦線においても、その戦略手腕を発揮しました。キングは、COMINCHの肩書を「我々を沈めろ(Sink us.)」と同音で真珠湾を連想させるとしてCOMINCHと改名させ、また、議会証言や記者会見を避けたいなどの条件を出し、ルーズベルト大統領に認めさせました。キングは、部下の自主性を尊重し、過度な命令や指示を嫌いました。この指揮哲学は、大規模な戦争における迅速な意思決定と柔軟な対応を可能にしました。

しかし、キングは「ヨーロッパ第一主義」に傾きがちなアメリカの戦略に異を唱え、対日戦での勝利を強く主張しました。また、マッカーサーのフィリピン攻略を優先する戦略に反対し、台湾攻略を主張しましたが、最終的には陸軍の戦略に協力しました。その理由を問われた際には、「40年前に盗まれた財布を取り返せると思ったからだ」と語ったとされています。

1944年には海軍元帥に昇進。キングは、その卓越した指揮能力で、アメリカの勝利に大きく貢献しました。

戦後と晩年

日本の降伏後、キングは海軍のトップを退き、引退生活を送りました。キングは、戦後も海軍のトップに居座る気はなく、COMINCHを廃止して艦隊指揮権を海軍作戦部長に戻すべきだと主張しました。しかし、後任人事をめぐり、海軍長官と対立するなど、晩年までその強硬な姿勢は変わりませんでした。1947年に脳出血を患い、1956年に心臓発作で死去しました。

キングの功績を称え、ファラガット級駆逐艦の5番艦がキングの名を冠して命名されたほか、佐世保海軍施設内の学校にも、彼の名前が使われています。

キングの指揮哲学

キングは、大規模な戦争においては、部下の自主性が不可欠であると主張しました。彼は、部下に「何を」すべきかを指示するだけでなく、「いかに」すべきかの判断を委ねました。部下の能力を信じ、彼らが自分で考え、行動することを促したのです。キングのこの指揮哲学は、第二次世界大戦におけるアメリカ軍の勝利に大きく貢献しました。

人物像

キングは、個人的には日本人嫌いで知られていましたが、イギリスに対しても好意的ではありませんでした。彼は、上司からも部下からも嫌われることが多かったのですが、海軍士官としての能力は誰もが認めざるを得ませんでした。キングは、部下の水兵掌握に卓越した実績を持ち、彼らからは「アーニー小父さん」と呼ばれて親しまれました。また、ルーズベルト大統領にCOMINCH就任を求められた際、「クソ野郎どもを呼びにやる」とコメントしたという伝説もあります。

キングは、その厳格な性格から、しばしば「トーチランプでヒゲを剃る」「防雷網カッターで足の爪を切る」と言われましたが、その一方で、部下思いな一面も持ち合わせていました。キングは、第二次世界大戦終結後には、厄介者扱いされることもありましたが、その功績は決して忘れられることはありません。

参考文献

Ernest Joseph King and Walter Muir Whitehill, Fleet Admiral King: A Naval Record (New York: Da Capo Press, 1976)
Thomas B. Buell, Master of Seapower: A Biography of Fleet Admiral Ernest J. King (Annapolis: Naval Institute Press, 2012)
Julius Augustus Furer, Administration of the Navy Department in World War II (Washington, D. C.: U.S. Government Printing Office, 1959)
児島襄『指揮官　下』（文春文庫、1974年）
谷光太郎『アーネスト・キング　太平洋戦争を指揮した米海軍戦略家』白桃書房、1991年
『歴史群像No.34西洋史面白人物伝　アーネスト・J・キング』学習研究社、1998年
駄場裕司「第二次世界大戦期アメリカ海軍の指導体制　合衆国艦隊司令長官兼海軍作戦部長の職務」『政治経済史学』第670号、2017年10月
ジョナサン・W・ジョーダン『FDRの将軍たち』中沢志保訳、国書刊行会（上・下）、2022年

外部リンク

Fleet Admiral Ernest Joseph King's biography at Naval History and Heritage Command
Fleet Admiral Ernest J. King, Ninth Chief of Naval Operations, March 26, 1942–December 15, 1945
Fleet Admiral Ernest J. King's biography at the Official USS King (DLG-10/DDG-41) Association Website

関連項目

永野修身
* 山本五十六

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