アーネスト・ジョン・モーラン

アーネスト・ジョン・モーラン（Ernest John Moeran, 1894-1950）は、20世紀前半に活躍したイギリスの作曲家です。アイルランド系の血を引き、イングランドの豊かな民謡とアイルランドの風光明媚な風景から深いインスピレーションを得た、叙情的で個性的な音楽を生み出しました。

生涯

モーランは1894年 12月31日、アイルランド系の聖職者を父としてロンドンのヘストンに生まれました。幼少期に家族と共にノーフォーク州のフェン地方へ転居し、幼い頃からヴァイオリンとピアノを学びました。1913年には英国王立音楽大学（RCM）に入学し、高名なチャールズ・ヴィリアーズ・スタンフォードに作曲を師事します。

しかし、彼の音楽の道は第一次世界大戦によって中断されます。従軍中に頭部に重傷を負い、この戦傷は彼の晩年の精神的な不安定さや苦悩の一因となったと考えられています。終戦後、彼はRCMに戻り、ジョン・アイアランドのもとで学びを再開しました。この時期から、彼は歌曲や室内楽曲を中心に本格的な作曲活動を開始します。また、故郷ノーフォークを含む各地の民謡を熱心に蒐集し、自らの作品に編曲として取り入れる活動も始めました。

1920年代半ばには、同じ作曲家であるピーター・ウォーロック（フィリップ・ヘゼルタイン）と親交を結び、数年間ケント州のアインズフォードで共に暮らしました。彼らがしばしば開いた賑やかな集まり、特に酒宴は地元の住人の間で有名でした。この頃から、後の神経症と相まって、アルコールへの依存を深めていったといわれています。

ウォーロックの死去という悲劇の後、モーランは自身のルーツであるアイルランドへの関心を深め、人生の大部分をアイルランド南西部のケリー県ケンメアで過ごすようになります。この地での生活は、彼の音楽に新たなインスピレーションをもたらしました。

1945年には、チェロ奏者のピアーズ・コートモアと結婚します。この結婚は創作活動に大きな影響を与え、チェロ協奏曲やチェロソナタといった彼の代表作となる傑作が生み出されました。しかし、戦傷やアルコール問題による心身の不調は晩年まで続き、苦労が絶えませんでした。

1950年 12月1日、ケンメア滞在中に突然脳卒中を起こし、55歳の生涯を閉じました。

作風

モーランの音楽は、イングランド民謡からの影響を色濃く受けた世代の作曲家の一人として知られています。彼の作品は、フレデリック・ディーリアスやレイフ・ヴォーン・ウィリアムズ、師でもあったジョン・アイアランドなど、イギリス音楽における叙情的な伝統を受け継ぐ流れに位置づけられます。特に、ノーフォークの平原やアイルランドの荒々しい自然風景が、しばしば彼の音楽に反映されているのが感じられます。

しかし、単なる「田園詩人的」な作曲家として片付けられることのない強さも持ち合わせていました。モーランは音楽を通じて人間の様々な感情、喜びや悲しみ、怒りや情熱を自由に表現する才能に恵まれ、感情の赴くままに激しい熱情をあらわにすることも恐れませんでした。彼のスタイルは、当時の前衛的な潮流とは一線を画し、保守的ではありましたが、決して模倣的ではなく、独自の個性を放っていました。

彼が生きた時代においては、このような抒情的で民謡に基づいた様式は既に時代遅れと見なされつつありました。その中で、陰鬱な力強さでシベリウスとの関連も指摘される代表作、交響曲ト短調（1934-1937）は成功を収めましたが、時代の潮流に対する決定的な突破口を見いだすには至りませんでした。

モーランはキャリアの初期に室内楽曲で高い評価を得て、その後もピアノ三重奏曲や弦楽四重奏曲、ヴァイオリンソナタ、チェロソナタといった重要な作品を生み出し続けました。しかし、彼の最大の業績は、ヴァイオリン協奏曲（1938年）やシンフォニエッタ（1944年）、セレナード（1948年）など、数は少ないながらも大規模な管弦楽曲に見られます。

近年、モーランの作品に対する注目は再び高まっており、多くの録音が出回るようになりました。しかし、アルフレッド・エドワード・ハウスマンやジェイムズ・ジョイスの詩を用いた歌曲集など、未だ広く知られていない作品も少なくありません。また、未完に終わっていた交響曲第2番変ホ長調が、マーティン・イェーツによって補筆完成され、2011年に初演されたことも、彼の遺産への関心を再び高める出来事となりました。

モーランは、時代の波に乗りきれなかった面はありつつも、イギリスの風景と感情に根差した深く個性的な音楽を残した作曲家として、再評価されるべき存在です。

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