アーピス (ギリシア神話)

アーピス（古代ギリシア語: Ἄπις）は、古代ギリシアの歴史や神話において言及される複数の人物を指す名称です。その語源はギリシア語で「遠く離れた」や「梨の木の」を意味する言葉に由来するとされます。

この「アーピス」という名で語られる人物が、実際には単一の存在だったのか、あるいは複数人だったのかは明確ではありません。しかし、異なる伝承における出自や事績の描写が大きく食い違うことから、複数の同名人物が存在したと解釈するのが一般的です。共通する点としては、彼らがペロポネソス半島の初期の王や支配者であったこと、そしてその統治した領域に彼らの名にちなんだ「アーピアー」（Apia）という名称がつけられたことが挙げられます。また、必ずしも全てではありませんが、しばしばエジプトとの関連性が語られることも特徴です。以下に、主要な伝承に見られる「アーピス」について記述します。

異なる伝承に登場するアーピスたち

アルゴス王アーピス

アルゴスの支配者として語られるアーピスは、河神ポローネウスとニュンペーのテーレディケーの子であり、ニオベーの兄弟にあたるとされます。彼は非常に専制的な統治を行い、自身の名声を示すためにペロポネソス半島に自身の名を冠して「アーピアー」と名付けました。しかし、その権力は長くは続かず、最終的には息子のテルクシオーンがスパルタ王やテルキースと共謀して仕組んだ策略によって命を落としたと伝えられています。

シキュオーンの王統に連なるアーピス

シキュオーンの創始神話に登場する王統譜の中にも、アーピスの名が見られます。アイギアロス、エウロプス、テルキースに続く王として短く言及されています。その後はテルクシオーン、アギレオス、トゥリマコス、レウキッポスへと王位が継承されたとされており、シキュオーン草創期の短い期間を統治した人物として系譜上に名を残しています。

癒し手にして予言者たるアーピス

劇作家アイスキュロスの作品に登場するアーピスは、予言者であり、病や災厄を癒す能力を持つ人物として描かれています。彼は神アポローンの子とされ、かつてナフパクトスからアルゴス地方へとやって来たと伝えられています。当時アルゴスを襲っていたのは、古の血によって大地ガイアが生み出したとされるおびただしい数の蛇と、それによって引き起こされた疫病や災厄でした。アーピスは魔術や呪文を用いてアルゴスの地を清め、これらの災厄から人々を解放したとされます。この偉業を記念して、癒され回復した土地は彼の名を取って「アーピアの土地」（Apia khōra）と呼ばれるようになりました。アイスキュロスの描く物語では、この「アーピアの土地」が指す範囲はアルゴス周辺にとどまらず、語り手であるペラスゴスの王国、すなわちギリシア北部のパイオニアやドードーナの領域まで及ぶ広大な土地を意味することもありました。

不慮の死を遂げたアルカディアのアーピス

アルカディア地方のパランティオーン出身とされるアーピスは、英雄ヤソンの子として知られています。彼はアザーンの死を悼むために開催された葬礼競技祭に参加しましたが、そこで悲劇的な事故に巻き込まれます。競技中のチャリオット（戦車）に轢かれて命を落としたのです。このチャリオットを操っていたのはアイトーロスでした。この事故の結果、アイトーロスはアーピスの息子によって故郷から追放されることになったと語られています。なお、偽アポロドーロスによるとされる『ビブリオテーケー』には、ポローネウスの子のアーピスについても同様のチャリオット事故による死亡が語られていますが、これは神話上の人物の名前の混同によるものと考えられています。

これらの多様な伝承は、「アーピス」という名が古代ギリシアにおいて複数の異なった英雄や王に与えられたものである可能性、あるいは同一人物の生涯や功績に関する異なる地域での伝承が混ざり合って語り継がれた可能性を示唆しています。それぞれがペロポネソス半島や周辺地域における初期の歴史や神話の一部を構成する重要な要素となっています。

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