イダ・ヘンデル

イダ・ヘンデル

イダ・ヘンデル（Ida Haendel CBE、1928年12月15日 - 2020年6月30日）は、ポーランドに生まれ、主にイギリスで活躍したクラシック音楽のヴァイオリニストです。生年については諸説ありますが、長年にわたり第一線で活躍し、その卓越した技術と情熱的な演奏で伝説的な存在として知られています。

生涯

イダ・ヘンデルは、ポーランドのヘウムで生まれました。幼少期からヴァイオリンの才能を発揮し、わずか5歳にしてチャイコフスキーやメンデルスゾーンの難曲を弾きこなしたと伝えられています。公式なデビューは1935年でした。音楽教育はワルシャワ音楽院で受けた後、ベルリンで名教師カール・フレッシュに、パリでは高名なジョルジュ・エネスコに師事し、その技術と音楽性を磨きました。

第二次世界大戦中は、他の多くのユダヤ系演奏家と同様に、連合国軍（英軍・米軍）のために慰問演奏を行い、兵士たちを励ましました。戦後、彼女はイギリスを主な活動拠点とし、国際的なキャリアを築いていきます。

ヘンデルのヴァイオリン演奏は、その鋭利で正確なテクニックと、豊かなニュアンスを含む音色が特徴でした。しかし、彼女を特別な存在にしたのは、気品よりも内なる感情を奔放に表出させるその強烈な表現力でした。同時代の女性ヴァイオリニストの中でも、その個性と実力において抜きん出た存在感を放っていました。

彼女は、同郷の先輩ヴァイオリニストであるブロニスワフ・フーベルマンや、指揮者ラファエル・クーベリックに対して深い敬愛の念を抱いていたことを語っています。

1980年代頃からは実質的に活動を縮小し、また、長いキャリアに比して録音数が非常に少ない録音嫌いとしても知られていました。さらに、長年にわたり年齢を公表しなかったこともあり、「マルツィやヌヴーといった戦前世代の天才女性ヴァイオリニストと同世代の、知られざる伝説」として語られることが多くなりました。当時は天才的な若手演奏家を売り出す際に生年を偽る慣習があったこともあり、彼女の生年についても諸説あり、1928年より遅いとする説も有力視されています。

しかし、1990年代にウラジミール・アシュケナージとの共演によるCD制作で再び注目を集め、見事な復帰を遂げました。その後も精力的に活動し、1998年には指揮者サイモン・ラトルと、2004年にはピアニストのフー・ツォンと共演するなど、複数回来日公演も行っています。晩年、90歳を超えてもなお日本の聴衆の前で演奏を披露するなど、その衰えぬ情熱を見せました。

亡くなるまで、彼女はカナダに居住していました。

人物と評価

イダ・ヘンデルはヨーロッパ大陸の出身でありながら、イギリス音楽に対しても深い関心と理解を示しました。エドワード・エルガーやベンジャミン・ブリテンのヴァイオリン協奏曲を積極的に演奏・録音し、イギリス楽壇に大きく貢献しました。特に、ウィリアム・ウォルトンのヴァイオリン協奏曲の録音は、現在でもこの作品の模範的な演奏の一つとして高く評価されています。これらの功績が認められ、1991年には大英帝国勲章コマンダー（CBE）を受勲しています。

教育者としては、弟子をとることに極めて消極的で、多くの入門希望者を断っていたことでも知られています。しかし、例外的にアメリカとドイツの混血ヴァイオリニスト、デイヴィッド・ギャレットの才能を見出し、そのキャリアを後押ししたことで知られています。ただし、ヘンデル自身は彼を「師匠」としてではなく、「最初のファン」であると語っています。

彼女は晩年まで、1696年製のストラディバリウスを愛用しました。この名器と共に、彼女の情熱的な音楽は多くの人々の心に深く刻まれています。

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