イボテン酸

イボテン酸について

イボテン酸（ibotenic acid）は、テングタケ科のキノコに含まれるアミノ酸の一種です。この物質は1962年に日本の薬学者、竹本常松らによってイボテングタケから初めて発見されました。発見当初はAmanita strobiliformisと呼ばれていましたが、イボテン酸という名はそのキノコの名前に由来しています。この物質の発見後、竹本らはその構造を解明し、さらにベニテングタケなど他のキノコの毒成分であることも明らかにしました。

性質と機能

イボテン酸は不安定な化合物であり、50度から60度の温度で脱炭酸し、ムッシモールに変化します。冷蔵庫に保存しても、その大半が数ヶ月の間にムッシモールに変わってしまいます。ムッシモールは、実際に強い神経作用を持った化合物であり、C4H6N2O2という構造を持ちます。また、イボテン酸は著しい旨味成分を有し、グルタミン酸と比較して最大10倍の強さを持っていることが特徴です。味蕾に直接作用し、低濃度で強い美味しさを与えます。人間の場合、グルタミン酸ナトリウムの最小濃度が約0.02%なのに対し、イボテン酸は0.001%から0.003%で同様の旨味が感じられます。

一方で、イボテン酸はトリコロミン酸と共に強い神経毒性も持ち、特にハエに対しては致命的な影響を及ぼします。これにより、イボテン酸を含むキノコは古くからハエ取りに使用されてきました。また、動物実験においても神経変性作用を調べるために用いられることがあります。

中毒症状

イボテン酸は、神経伝達に影響を与える興奮性アミノ酸であるアスパラギン酸の作動薬であり、ムッシモールは抑制系のγアミノ酪酸（GABA）の作動薬として作用します。食べられた場合、イボテン酸は血液脳関門を通過せずムッシモールとして作用し、神経の伝達を抑制することで脳の活動を鈍らせます。このため、興奮と抑制が同時に現れる複雑な中毒症状を引き起こします。

成人ではムッシモールの影響が強く、眠気や不快感、時にはめまいや睡眠などの症状が見られます。一方で、小児はイボテン酸の影響を受けやすく、多動や興奮、さらには譫妄や痙攣がみられることがあります。一般的に、成人がイボテン酸を摂取した場合、致死的な結果に至ることは少ないですが、子どもは大量に摂取すると危険な状態に至る可能性があります。特に痙攣や昏睡などの症状が長引く可能性もあります。

歴史的利用

イボテン酸の独特な薬理作用から、古くから様々な文化でシャーマニズムの儀式に用いられてきました。かつてのヴァイキングは、テングタケをアルコールに浸した薬用酒を利用し、戦士の士気を高めるために飲んでいたと言われています。また、アメリカではテングタケの傘の皮を剥いで乾燥させ、それをタバコのように吸引する試みも行われているようですが、非常に危険な毒素を含むため安易な摂取は避けるべきです。

イボテン酸を含むキノコ

イボテン酸を含むキノコには、特に以下のものがあります。これらのキノコの傘の部分にイボテン酸が豊富に含まれており、乾燥させた粉末状のものはサイケマッシュやエックスマッシュ、セブンスヘブンといった名称で市販されています。

• - テングタケ（Amanita pantherina）
• - ウスキテングタケ（Amanita gemmata）
• - イボテングタケ（Amanita ibotengutake）
• - ベニテングタケ（Amanita muscaria）
• - ヒメベニテングタケ（Amanita rubrovolvata）

イボテン酸を含むキノコは、その生理作用や中毒の可能性から、慎重に取り扱う必要があります。

もう一度検索