インペリアル・イースター・エッグ

インペリアル・イースター・エッグ：ロマノフ王朝の遺産

インペリアル・イースター・エッグとは、1885年から1916年の間、ロマノフ朝のロシア皇帝アレクサンドル3世とニコライ2世に献上された、金細工師ファベルジェによる宝石で飾られた豪華な卵型装飾品のことを指します。これらの卵は単なる美術品ではなく、ロシア帝国の栄華と、皇帝一族の深い歴史を物語る貴重な遺産です。

歴史

皇帝のイースター・エッグ

1885年、アレクサンドル3世は皇后マリアへの贈り物として、ファベルジェに最初のイースター・エッグを制作させました。この卵は、皇后の幼少期の思い出に基づき、入れ子式のデザインを採用。白いエナメルで覆われた卵殻を開けると、つや消し金の卵黄が現れ、さらにその中には金の雌鶏、そしてダイヤモンドを施した小さな帝冠とルビーのペンダントヘッドが収められていました。この最初の卵は大いに喜ばれ、ファベルジェは「皇室御用達金細工師」に任命されることとなります。

その後、毎年皇帝からの特注品としてイースター・エッグが製作されるようになりました。デザインは年々精巧になり、皇帝の細かい指示のもと、ファベルジェは自由にデザインを考案するようになりました。各エッグには必ず「お楽しみ」と呼ばれる小さな仕掛けが施され、その内容は皇帝にさえ事前に知らされることはありませんでした。

アレクサンドル3世の死後、その息子ニコライ2世も母と妻のために卵の製作を続けました。製作はファベルジェ本人がデザイン原案を承認した後、歴代の職人頭が担当。しかし、1904年から1905年の日露戦争中は製作が中断。1917年のロシア革命により、50個目の卵は皇帝の手に渡ることなく、現在までに確認されているのは44個です。

1700年代の先例

実は、イースター・エッグの贈り物の習慣はファベルジェ以前から存在していました。エルミタージュ美術館の研究によると、1757年から1758年にかけてパリで作られた、エリザヴェータ1世のモノグラムが施された時計付きの卵がその初期の例とされています。また、エカチェリーナ2世の時代には、恋人からの贈り物として、七宝細工の黄金の卵形香炉も存在しました。

民間の注文品

ファベルジェ商会は、皇帝以外にも限られた顧客のためにイースター・エッグを製作しました。チャーチル夫人、ロスチャイルド家、ユスポフ家、ノーベル家などがその例です。実業家アレクサンドル・ケルヒには、7個シリーズの卵が納められました。

国外への散逸

ロシア革命後、皇帝の財産は国有化され、インペリアル・イースター・エッグもその運命を大きく変えます。革命を逃れたマリア皇太后が密かに持ち出した卵もあったものの、多くは略奪や換金の対象となりました。レーニンは宮殿に残された宝物をクレムリンに移送しましたが、その後スターリンが外貨獲得のためにこれらの卵を競売にかけました。

こうして、インペリアル・イースター・エッグは世界中に散逸することになります。アメリカの実業家アーマンド・ハマーや宝石商エマヌエル・スノーマンなどが積極的に買い付け、多くの卵がアメリカに渡りました。

アメリカの5大コレクター

1920年代から、アメリカにはインペリアル・イースター・エッグの熱心なコレクターが現れました。特に以下の5人は、その財力と情熱により、コレクションを築き上げました。

1. リリアン・プラット：5個の卵を所有し、そのコレクションはバージニア美術館に寄贈されました。
2. マチルダ・G・グレイ：「デンマークの宮殿」など3個の卵を所有し、財団が管理しています。
3. マージョリー・M・ポスト：ゼネラルフーズの社主。コレクションはヒルウッド庭園美術館で公開されています。
4. インディア・E・ミンシャル：「キリストと聖女の肖像と赤十字」を所有し、クリーブランド美術館に遺贈しました。
5. マルコム・フォーブス：経済誌「フォーブス」の発行人。9個の卵を含むコレクションは、後にロシアのコレクターに買い取られました。

展覧会に現れた黄金の卵

1990年代まで、アメリカはロシアを除き、インペリアル・イースター・エッグの最大の所蔵国でした。サンディエゴ美術館やメトロポリタン美術館などで大規模な展覧会が開催され、世界中の人々がその美しさに触れる機会を得ました。

ロシアに戻った黄金の卵

マルコム・フォーブスのコレクションは、2004年にロシアの新興財閥社長ヴィクトル・ヴェクセリベルクによって一括購入され、ロシアへと里帰りしました。ヴェクセリベルクは、このコレクションを公開するためにサンクトペテルブルクにファベルジェ美術館を開館し、ロシアの文化遺産を次世代に伝える活動を行っています。

ロスチャイルドのエッグ

2007年には、ロスチャイルドのエッグがクリスティーズのオークションで史上最高額で落札され、話題となりました。この卵は、時計を組み込み、正時にはおんどりが現れるという複雑な仕掛けが施されています。

後にこの卵は、エルミタージュ美術館の創設250周年を記念し、ロシア政府によって同館に寄贈され、現在では一般公開されています。

ファベルジェ・ブランドのその後

創業家の手を離れた「ファベルジェ」というブランドは、その後も所有者を変えながら、その価値を高めています。2007年には、ファベルジェ家が再びブランドに関わるようになり、新たな展開を見せています。

インペリアル・イースター・エッグの所在

現在、インペリアル・イースター・エッグの多くは、美術館や個人コレクターによって所蔵されています。ケルヒ・エッグやその他のエッグの所在は、依然として不明なものも存在します。

インペリアル・イースター・エッグは、その芸術的価値だけでなく、ロマノフ朝の歴史と文化を象徴する貴重な遺産です。これからも、その美しさと歴史的意義が語り継がれていくことでしょう。

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