イーゴリ公

『イーゴリ公』（原題：Князь Игорь）は、アレクサンドル・ボロディンが作曲したオペラであり、彼の代表作の一つです。このオペラは、12世紀末のロシアを舞台に、中世ロシアの叙事詩『イーゴリ遠征物語』を題材としています。物語は、キエフ大公国の公（クニャージ）イーゴリ・スヴャトスラヴィチが、遊牧民族ポロヴェツ人（韃靼人とも呼ばれる）に対して行った遠征を中心に展開します。

制作の背景

ボロディンは、この壮大なオペラを完成させることなく1887年に亡くなりました。彼の死後、友人であり同僚であったリムスキー＝コルサコフとグラズノフが、ボロディンの残されたスケッチや断片を基に、オペラを完成させました。リムスキー＝コルサコフは、序幕と第1・2・4幕、そして第3幕の「ポロヴェツ人の行進」の編曲を手掛けました。一方、グラズノフは、ボロディンが残した断片を用いて第3幕を構成し、作曲しました。また、ボロディンがピアノで演奏していた序曲を思い出し、再構成と作曲を行ったとされています。

初演と歴史

初演は1890年11月4日、サンクトペテルブルクのマリインスキー劇場で行われました。その後、このオペラは世界中で上演され、広く知られるようになりました。アメリカでの初演は1915年、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場で、日本での初演は1965年にスラブ歌劇団によって行われました。この初演では、ユーゴスラヴィア（現クロアチア）ザグレブ国立劇場合唱団が歌い、管弦楽はNHK交響楽団が担当しました。

音楽的特徴

『イーゴリ公』は、その力強い音楽と美しい旋律で知られています。特に第2幕の「ポロヴェツ人の踊り」は非常に有名で、オーケストラ・コンサートなどでも頻繁に演奏されます。この曲は、しばしば「ポロヴェツ人の娘たちの踊り」と「ポロヴェツ人の行進」を加えて組曲として扱われることもあります。

登場人物

イーゴリ公 (バリトン): 主人公。セーヴェルスキイの公。
ヤロスラーヴナ (ソプラノ): イーゴリ公の2度目の妻。
ヴラヂーミル・イーゴリェヴィチ (テノール): イーゴリの先妻との息子。
ヴラヂーミル・ヤロスラーヴィチ (バス): ヤロスラーヴナの兄。ガーリチ公。
コンチャーク (バス): ポロヴェツの首長。
コンチャーコヴナ (アルト): コンチャークの娘。
オヴルール (テノール): キリスト教徒のポロヴェツ人。
スクラー (バス): グドーク弾き。
イェローシカ (テノール): グドーク弾き。
ヤロスラーヴナの乳母 (ソプラノ)
ポロヴェツの娘 (ソプラノ)

あらすじ

序幕: イーゴリ公は、ポロヴェツ人の侵攻を防ぐため、妻ヤロスラーヴナの懇願や日食という不吉な兆候にも関わらず、遠征に出発します。
第1幕: プチーヴリでは、ガーリチ公が横暴を極めていました。ヤロスラーヴナは、ガーリチ公の支配に苦悩します。そこへ、イーゴリとヴラヂーミルが捕虜となり、ポロヴェツ軍の攻撃が迫っているという知らせが届きます。
第2幕: ポロヴェツ人の陣営で、イーゴリは自身の不甲斐なさを嘆き、再び戦いたいと願います。息子のヴラヂーミルは、コンチャークの娘コンチャーコヴナと恋に落ちます。コンチャークはイーゴリを盛大にもてなしますが、イーゴリは自由の申し出を固辞します。
第3幕: イーゴリは、ルーシの街が攻撃されたことを知り、脱走を試みますが、ヴラヂーミルはコンチャーコヴナに引き留められます。イーゴリは単身で脱走に成功します。
第4幕: ヤロスラーヴナは、捕虜となった夫と息子の帰りを待ち続けます。ついにイーゴリとオヴルールが帰還し、人々は彼らを歓迎します。

補足

ヴァレリー・ゲルギエフ指揮によるキーロフ・オペラの公演では、序幕、第2幕、第1幕、第3幕、第4幕の順で上演される新しい演出が用いられました。

関連情報

ポロヴェツ人（韃靼人）については、「タタール」や「キプチャク」の記事も参照してください。また、物語の背景となる「イーゴリ遠征物語」についても調べてみると、より深く『イーゴリ公』の世界観を理解することができるでしょう。

『イーゴリ公』は、その壮大なスケールと美しい音楽、そして歴史的な背景が融合した、オペラ史における重要な作品の一つです。

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