イーピダマース

イーピダマース

イーピダマースは、古代ギリシアの神話に登場する人物です。特にホメロスの叙事詩『イーリアス』にその名が記されており、トロイアの長老として知られるアンテーノールと、女神官テアーノーの間に生まれた息子の一人として語られます。彼の名前は、長母音を省略してイピダマスとも表記されることがあります。イーピダマースには多くの兄弟がおり、アルケロコス、ラーオドコス、アカマース、ラーオダマース、エウリュマコス、ヘリカーオーン、アゲーノール、そして後に彼の仇を討とうとするコオーンなどがいます。彼らは皆、トロイア戦争で重要な役割を担う人物たちでした。

イーピダマースの幼少期は特別な環境で過ごされました。彼は母テアーノーの父にあたる、遠方の地トラーキアの王キッセウスのもとに預けられ、そこで育てられたのです。キッセウス王は孫であるイーピダマースを大変可愛がり、彼が立派な青年に成長した後も手元に置いておきたいと願っていました。その願いを示すかのように、キッセウスは自身の娘をイーピダマースに娶らせ、彼を家族の一員として深く結びつけようとしました。

しかし、結婚して間もない頃、故郷トロイアをアカイア勢が攻撃しているという知らせがイーピダマースのもとに届きました。祖国の危機を聞いたイーピダマースは、安穏とした生活を捨て、自ら戦場へ赴くことを決意します。彼は育ててくれた祖父キッセウス王の地から、12隻もの船団に乗り込み、トラーキアの軍勢を率いてトロイア救援のために駆けつけました。彼の参戦は、遠隔地からの貴重な援軍として、 besieged されていたトロイアにとって大きな希望となったことでしょう。

トロイアに到着したイーピダマースは、激戦が繰り広げられる戦場へと身を投じました。しかし、彼の武運は長く続きませんでした。『イーリアス』において、彼は特に重要な戦闘が描かれる3日目の戦いにおいて、アカイア軍の総大将であるアガメムノーンと相まみえることになります。勇敢に立ち向かったイーピダマースでしたが、剛勇のアガメムノーンの敵ではなく、その手によって討ち取られてしまいます。彼の若く短い生涯は、故郷を守るための戦いの最中に幕を閉じたのです。

イーピダマースがアガメムノーンによって斃された様子を目撃した兄弟のコオーンは、深い悲しみと怒りに駆られました。彼は兄の仇を討つべく、すぐさまアガメムノーンに襲いかかります。しかし、この日のアガメムノーンは特に神がかり的な強さを見せており、コオーンもまた、兄と同じくアガメムノーンの手によって命を落とすこととなりました。兄弟は同じ敵によって、同じ戦場で散ったのです。

なお、ギリシア神話にはイーピダマースという同名の人物が複数存在します。例えば、エジプト王ブーシーリスの息子や、オデュッセウスの妻ペーネロペーに求婚した多数の若者たちの中にも、イーピダマースという名前の者がいました。しかし、これらはアンテーノールの子イーピダマースとは異なる人物として語られています。アンテーノールの子イーピダマースに関する主な伝承は、ホメロスの『イーリアス』に詳細に記されており、トロイア戦争における彼の悲劇的な運命が伝えられています。

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