アゲーノール

アゲーノール（古希: Ἀγήνωρ, Agēnōr）は、古代ギリシアの神話に登場する男性の名である。この名前を持つ人物は複数存在することが知られており、その事績や系譜は様々な伝説の中で語られている。特に有名なのは、アルゴスの王、フェニキアの王、そしてトロイア戦争におけるトロイア側の英雄として知られる人物である。他にも多くの伝承に同名の人物が登場する。

アルゴス王アゲーノール

アルゴスの古代の王たちに関する伝説の中に、このアゲーノールの名が見られる。ただし、その系譜については伝承によって一致が見られない。一説によれば、彼はアルゴスという名の祖となった人物の孫、エクバソスの子であり、百眼の巨人として知られるアルゴスの父であるとされる。また、イーオーの父であるイーアソスの祖父にあたるともいわれる。別の伝承では、アルゴスとエウアドネーの子ポルバースの孫、トリオパースの子であり、イーオーの父イーアソスとは兄弟の関係にあるとされる。さらに、クロートポスの父とも伝えられる。また別の説では、アルゴスとエウアドネーの子ピラントスの子トリオパースの息子であり、エウリサベー、アントス、ペラスゴスと兄弟、異母兄弟にクサントスとイーアソスがおり、アルゴスという名祖の人物の父であるとも語られている。

フェニキア王アゲーノール

フェニキアのテュロスを治めたとされる王アゲーノールも著名な人物である。彼はエジプト王エパポスの娘リビュエーと海の神ポセイドーンの間に生まれた子であり、ベーロスとは双子の兄弟であった。アゲーノールはテーレパッサ、アルギオペー、あるいはベーロスの娘アンティオペーといった女性との間に、カドモス、キリクス、ポイニクス、タソス、そして美しい娘エウローペーを含む多くの子をもうけた。

ある時、アゲーノールの娘エウローペーが最高神ゼウスによって連れ去られるという出来事が起こった。これを知ったアゲーノールは息子たちに、娘を見つけ出すまで決して故郷へ帰らないよう厳命した。息子たちは父の命に従い各地を捜索したが、エウローペーを見つけ出すことはできなかった。結局、彼らは故郷へ戻ることを諦め、それぞれ新たな地に定住した。カドモスはボイオーティア地方へ、キリクスはキリキア地方へ、ポイニクスはフェニキア地方へ、タソスはタソス島へ移り住んだと伝えられている。

プレウローンの子アゲーノール

アイトーロスの子プレウローンとドーロスの娘クサンティッペーの子としても、アゲーノールの名が見られる。彼はステロペー、ストラトニーケー、ラーオポンテーといった姉妹を持つ兄弟であった。カリュドーンの娘エピカステーを妻とし、彼女との間にポルターオーンとデーモニーケーをもうけた。娘のデーモニーケーは戦いの神アレースとの間に、エウエーノス、モーロス、ピュロス、テスティオスといった子をなした。ただし、テスティオスについては、アゲーノール自身の子であるとする説も存在する。

ペーゲウスの子アゲーノール

アルカディア地方のプソーピス王ペーゲウスの息子にもアゲーノールという名があった。彼はプロノオス、アルシノエーと兄弟である。父ペーゲウスの指示により、アゲーノールとプロノオスは姉アルシノエーの夫であったアルクマイオーンを殺害した。この行いを非難したアルシノエーに対し、ペーゲウスは彼女をアルクマイオーン殺害の犯人として仕立て上げ、アルカディア王アガペーノールに売り渡した。しかし、アゲーノールとプロノオスは、アルクマイオーンが別の妻との間にもうけた息子たち、アムポテロスとアカルナーンによって討たれたという。

アンテーノールの子アゲーノール

トロイア戦争におけるトロイア側の主要な人物の一人、老臣アンテーノールとテアーノーの子としてもアゲーノールの名が知られている。彼はイーピダマース、アルケロコス、アカマース、エウリュマコス、ヘリカーオーン、ポリュダマース、コオーン、ラーオダマース、ラーオドコス、デーモレオーン、ヒッポロコス、ポリュボス、グラウコスといった多数の兄弟を持つ。アゲーノールはトロイア軍の武将として、戦争を通して勇敢に戦った。

彼はエウボイア島の武将エレペーノールを討ち取るなど、多くの戦果を挙げた。ギリシア軍の築いた防壁を攻撃する際には、第2部隊を率いて進軍した。アイネイアースの義理の兄にあたるアルカトオスの遺体が倒れた際には、それを守るために奮戦した。傷を負ったヘレノスに対しては、応急手当を施している。また、大アイアースの一撃で意識を失ったヘクトールを助け、戦場から運び出すのを助けた。アポローン神が恐ろしいアイギスの盾を掲げてギリシア軍に混乱をもたらした状況下では、アゲーノールはクロニオスを討ち取った。

アキレウスが戦線に復帰し、圧倒的な力でトロイア軍を敗走させた時、アゲーノールは他の兵士たちと同様に、イーリオスの城へ逃げ帰るか、あるいはイーデー山へ隠れて夜を待つべきか迷った。しかし、アポローン神が彼に勇気を与えると、どちらの道を選んでも俊足のアキレウスに追いつかれる可能性が高いと考え、むしろ正面からアキレウスに挑みかかることを決意した。アゲーノールはアキレウスに立ち向かったが、彼の攻撃はヘーパイストス神が鍛え上げたアキレウスの防具に阻まれた。その時、アポローン神がアゲーノールを戦場から運び去り、自らアゲーノールの姿に変身してアキレウスの注意を惹きつけることで、トロイア軍が城へ退却する時間を稼いだ。アゲーノールはその後も戦い続けたとみられるが、トロイアが最終的に陥落した際に、アキレウスの息子ネオプトレモスによって討たれたという伝承もある。

その他のアゲーノール

上記以外にも、ギリシア神話にはアゲーノールという名の人物が登場する。例えば、エジプト王アイギュプトスの多数の子の一人、テーバイの女王ニオベーとアムピーオーンの子の一人、ペルセウスの妃アンドロメダーの多くの求婚者の一人などが挙げられる。また、サルミュデーッソスの王ピーネウスの父や、スパルタ王ラケダイモーンの子孫でパトレウスの祖父、ペーネロペーの求婚者の一人にもアゲーノールの名が見られる。

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