ウイルス進化説

ウイルス進化説

概要

ウイルス進化説とは、新渡戸文化短期大学の中原英臣氏と科学評論家の佐川峻氏が提唱した、生物進化に関する独自の仮説です。この説は、チャールズ・ダーウィン以来の生物学における中心的理論である自然選択（自然淘汰）による進化を否定し、進化の主要な原動力はウイルスの感染によって引き起こされる遺伝子の変化にあると主張します。

主張の内容

提唱者らによれば、生物の進化は、ウイルスが他の生物から取り込んだ遺伝物質を宿主となる別の生物の遺伝子内に組み込むことで生じると考えられています。これは、生物の細胞内で遺伝物質の複製に関わる逆転写酵素を持つレトロウイルスの発見以降、科学界で議論されてきた「遺伝子の水平伝播」という現象を、進化の決定的な要因と位置づけるものです。彼らはこの過程を「進化はウイルスによる伝染病」と表現し、環境への適応を通じて徐々に形質が変化していくという適応進化の概念を否定します。また、ウイルスが遺伝子を運び、細胞の遺伝情報を書き換える働きを持つことから、ウイルスは細胞内のミトコンドリアや葉緑体のように、遺伝子の移動を担う重要な機能を持つ「オルガネラ（細胞小器官）」である可能性を指摘し、遺伝子の移動による進化は生物自体が持つ機能の一部であると見なすこともあります。さらに、この説は今西進化論の考え方に通じる部分があると提唱者らは主張しています。

具体的な例と説の根拠

ウイルス進化説の解説によく引き合いに出されるのが、「キリンの首はなぜ長いのか？」という疑問です。この問いに対し、ダーウィン説に基づく漸進的な進化では、首の短いキリンと長いキリンの間に存在するはずの中間的な長さを持つキリンの化石が見つかっていないことが問題視されることがあります。ウイルス進化説は、ウイルス感染による急激な遺伝子変化が、短期間でキリンの首を長くするような瞬間的な進化を可能にしたと説明することで、この「ミッシングリンク」（中間段階の化石の欠落）の問題に対する一つの解答となり得ると主張します。

また、分子生物学によって明らかになりつつある、遺伝子の突然変異が蓄積することで進化が起こるという考え方に対しても、提唱者らは批判的です。彼らは、多くの突然変異は生物にとって不利に働くため、これを進化の基礎とすることは難しいと考えます。適者生存についても、必ずしも最も環境に適した個体だけが生き残るわけではなく、偶然性も大きく影響することから、これを進化の主要な推進力とは見なさない立場を取ります。生物の体や習性が非常に精巧であることも挙げ、緩やかな変化の積み重ねだけでは説明が難しいとしています。これらの問題をすべて解決できるのがウイルス進化説であると主張されていますが、その具体的なメカニズムは十分に示されていません。

別の例として、通常は病原性を持たない大腸菌が、特定のウイルス（バクテリオファージ）の感染によって病原因子を獲得し、O157のような病原性株に変化することが挙げられます。これは、ウイルスが遺伝子を水平的に伝播させた結果であり、提唱者らはこのような現象も一種の進化と捉えることができるとしています。

科学的な評価と批判

ウイルス進化説は、現在の進化生物学の専門家からは広く受け入れられている学説ではありません。この説を直接的に裏付けるような科学的な証拠は示されておらず、また査読プロセスを経た学術論文として発表されていないため、科学的な学説としての正式な認知も得られていません。多くの進化生物学者は、この説が自然選択説を誤って理解している点、既存の膨大な観察や研究例を無視している点、そして理論的な根拠に乏しい点を批判しています。特に、ウイルスが生物にとって有用な遺伝子を選択的に運び、適応的な形質変化を引き起こす具体的なメカニズムが提示されていないことが、説の弱点として指摘されています。一部では、学問的な検証を経ていないにもかかわらず、特に初学者向けの解説書などで有力な説であるかのように紹介される姿勢は、科学的根拠に基づかない議論（ニセ科学）に近いとの厳しい意見もあります。

なお、ウイルスによる遺伝子の水平伝播が生物進化に影響を与えるという考え方自体は、中原・佐川氏の説以前から存在しており、多くの研究が行われています。しかし、これらの研究は一般的に、水平伝播を自然選択説を否定するものではなく、むしろ自然選択による進化を補完し、多様性を生み出す要因の一つとして捉えています。

メディア等での言及

ウイルス進化説は、専門学術誌以外にも、テレビ番組（「たけしの万物創世紀」「奇跡体験!アンビリバボー」など）や漫画（「MMR」「ジョジョの奇妙な冒険」「オメガトライブ」「テラフォーマーズ」など）、ゲーム（「バイオハザード5」など）といったメディアやフィクション作品で取り上げられることがあります。

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