ウクライナにおける「ネオナチ問題」

ウクライナにおけるネオナチ問題

ウクライナにおける「ネオナチ問題」は、極右民族主義の政治・軍事組織が、ウクライナの政権や行政、司法に深く関与しているとされる問題です。特に、ネオナチ勢力が正規軍に組み込まれている点については、北大西洋条約機構（NATO）や欧州連合（EU）からも批判の声が上がっていました。しかし、2022年のロシアによるウクライナ侵攻後、ウクライナ政府（ゼレンスキー政権）は、これらの問題を「存在しない」とし、プロパガンダや報道機関によるホワイトウォッシングが行われていると指摘されています。

概要

ジャーナリストの清義明氏や、アメリカの政治専門紙「ザ・ヒル」、ユダヤ系ニュースメディア「フォーワード」、米紙ワシントン・ポストなどは、ウクライナ侵攻を批判する一方で、ウクライナ政府が極右民族主義組織であるC14やナショナル・コー（国民軍団）などのネオナチ勢力との関係を隠蔽していると警告しています。

ウクライナでは、過去のナチス・ドイツへの協力をめぐる歴史修正主義が広まっており、2018年には歴史家のミコラ・シチュク氏が、2021年にはホロコースト研究者のウラジーミル・シューキン氏が殺害される事件も起きています。

2018年12月には、「フォーワード」紙が、ウクライナの閣僚がネオナチ活動家のグループに感謝し、ペトロ・ポロシェンコ大統領が約1200人のネオナチ関係者とヒトラー敬礼祭を開催したと報じました。これらの極右グループは、ウクライナで長年にわたり活動しており、政治的な影響力と攻撃性を増しています。

歴史家のエマニュエル・トッド氏は、著書「第三次世界大戦はもう始まっている」で、旧ソビエト地域とNATOの地政学的関係、欧州によるネオナチの利用、東西のプロパガンダ戦争について分析し、警鐘を鳴らしています。

ロシア侵攻後の報道の変化

2022年のロシアによるウクライナ侵攻後、ロシア政府は「ウクライナの非ナチ化」をスローガンの一つに掲げました。これに対し、ウクライナ政府は「ネオナチの存在はロシアのプロパガンダ」と主張し、両者の間で激しい情報戦が繰り広げられました。

東京大学の教授と日本経済新聞の共同調査では、「ウクライナ政府はネオナチ」という投稿をリツイートしたアカウントの多くが、反ワクチンやQアノン関連の主張をしていたと発表されました。また、上智大学名誉教授は、インタビューで「ソ連崩壊後にネオナチ的な人が一部にいた。それが自衛団のような組織になり、クリミア併合後に国家警備隊になった」と述べ、「ネオナチはこじつけ」と断言しました。

日本経済新聞、読売新聞、毎日新聞などの報道機関も、ウクライナ侵攻後は「ウクライナ政府がネオナチ」という情報はロシアのプロパガンダであり、親露派やワクチン忌避者による陰謀論であると報じました。

しかし、清義明氏や「ザ・ヒル」、ベリングキャット、フォーワード紙などは、ロシアの侵攻を批判しつつも、ウクライナには極右勢力と政権の癒着が長年存在し、ウクライナ政府がその事実を隠蔽しようとしていると警告しています。

清義明氏は、「この論考がプーチンの侵略戦争を支持するものではない」と明言した上で、ゼレンスキー大統領がユダヤ人であることやロシアのプロパガンダを理由に、ウクライナにネオナチ組織が存在しないとする報道は、ウクライナ側のプロパガンダであると批判しました。

ウクライナ政府に関する警告

「フォーワード」紙のマイケル・コルボーン氏は、2018年時点で「ウクライナの極右（ネオナチ）は問題ではないという主張は、クレムリンのプロパガンダ」と批判されてきたと指摘しました。しかし、2022年以降、ウクライナの極右問題は、単なるプロパガンダとみなされる状況を問題視しています。

清義明氏は、ウクライナの極右問題が他の国とは異なる深刻な状況にあるとして、以下の点を強調しました。

極右・ネオナチ勢力が政権、行政、司法に関与している。
極右勢力が軍事化し、国軍の中核を担っている。
様々なセクトが一般人への軍事訓練を行い、勢力を拡大している。
民主主義的価値観を否定し、将来的に民主主義への敵対勢力となる可能性がある。
世界の極右・ネオナチのハブとして、国際的なネットワークを広げている。
過去のナチス協力をめぐる歴史修正主義が蔓延している。

ワシントン・ポスト紙は、ウクライナ戦争に関連して白人民族主義者やネオナチのオンライン活動が急増していると報じ、アゾフ連隊に加わるために海外から渡航するネオナチもいると指摘しました。

映画監督のセルゲイ・ロズニツァ氏は、自身の映画「バビ・ヤール」に対する批判を受け、「ナチスに協力した人がウクライナにいたことを認めるのは極めて重要だ」と述べています。

ウクライナ政府と「極右 民族主義・ネオナチ問題」

ロシアのウクライナ侵攻後、「ウクライナのネオナチ問題はロシアのプロパガンダに過ぎない」という見方が広がりました。しかし、「ネオナチ」という言葉には、ナチズムの復興を目指す勢力と、極右民族主義やウルトラナショナリズムを意味する二つの側面があります。

ウクライナの政治状況は、ゼレンスキー政権が掲げる「自由と民主主義」とは異なり、ウルトラナショナリズムや野党系政党へのメディア規制、治安警察と極右組織による抑圧といった問題が存在します。

ウクライナで過激な民族主義が台頭している背景には、オリガルヒによる長年の政治腐敗があります。2013年、親ロシア派のヤヌコビッチ政権がEUと距離を置いたことから反政府運動が起こり、その後、クリミア半島がロシアに編入されました。その混乱の中で、極右政党のスヴォボーダが政権中枢を担いました。

2014年の親ロシア派騒乱時には、オリガルヒが私兵を集め、その中には極右思想を持つ者も多く含まれていました。ユダヤ人のイーホル・コロモイスキーも、アイダール大隊やアゾフ大隊に資金を提供したとされています。これらの民兵は正規軍を強化し、アゾフ大隊は正規軍に編入され、国家親衛隊の中核を担う存在となりました。

東部紛争で救国の英雄となったネオナチや極右グループは、軍隊のみならず政治にも関与しました。2014年の政変後、アゾフ大隊やスヴォボーダなどのメンバーが新政権の一部に参加しました。アゾフのアンドリー・ビレツキーは国会議員となり、ペトロ・ポロシェンコ大統領はテロ未遂で収監されていたビレツキーに勲章を授与しました。アゾフのエンブレムは、ウクライナの国会議事堂や軍隊で掲げられるようになりました。

これらの事実から、ウクライナは「ネオナチが正規軍に組み込まれている世界で唯一の国」として、NATOやEU加盟国から批判を受けていました。

2014年、キヤノングローバル戦略研究所研究主幹の小手川大助氏は、極右政権の危険性を指摘し、「プーチンのクリミア併合は、新政権の主体がネオナチであることに起因する」と述べました。

2015年、アメリカ政府は、ネオナチとの関係が指摘されていたアゾフ大隊をウクライナ政府が利用していたため、政府軍への支援を取りやめました。

2016年には、白人至上主義・極右政党のナショナル・コー（国民軍団）が設立され、2018年には国家主義的なヘイトグループとしてアメリカ合衆国国務省に認定されました。

同様に、2018年には「S14（C14）」もアメリカ合衆国国務省によってヘイトグループと認定されました。「S14」は青年スポーツ省から資金提供を受け、愛国教育プロジェクトを主催しています。

2018年12月、「フォーワード」紙は、アメリカ生まれのウクライナ閣僚がネオナチ活動家グループに感謝し、ポロシェンコ大統領が1200人のネオナチ関係者とヒトラー敬礼祭を開催したと報じました。

2019年、ウォロディミル・ゼレンスキー大統領はオリガルヒのイーホル・コロモイスキーの支援を受け、議会選挙で圧勝しました。しかし、ゼレンスキー政権下でもウルトラナショナリズムやメディア規制、極右組織による抑圧が継続しました。

また同年、ネオナチと批判したジャーナリストが訴えられ、有罪判決を受けました。ベリングキャットはこの判決を「ウクライナの裁判所がネオナチをネオナチと呼ぶことを禁じた」と報じ、司法の問題を指摘しました。

2020年、ユダヤ人歴史研究者のウラジーミル・シューキンが殺害されました。また、映画「バビ・ヤール」がカンヌ国際映画祭で受賞しました。

2022年、アゾフ連隊の兵士が豚の脂肪を弾丸に塗る動画が公開され、国連人権高等弁務官事務所（OHCHR）から、イスラム教徒へのヘイトだと批判されました。

2023年、ニューヨーク・タイムズは、ウクライナの一部の兵士がナチスのアイコンをあしらったワッペンを付けていることを報じ、「ロシアのプロパガンダを強化する恐れがある」と警告しました。

該当組織

全ウクライナ連合「自由」（スヴォボーダ）

2014年3月に発足したヤツェニュク暫定政権で、複数の閣僚ポストを占めました。しかし、2014年と2019年の最高議会選挙では議席を失いました。

アゾフ連隊

2014年の親ロシア派騒乱以降、マリウポリ周辺で活動するウクライナ国家親衛隊。当初からネオナチ的なシンボルを使用しており、長年ネオナチと見られてきました。2016年、LGBT映画イベントを襲撃し、2019年にはニュージーランドのモスク銃乱射事件の犯人が接触していた疑いも報道されました。2020年にはウクライナ政府によって非政治化が図られましたが、依然としてネオナチとの関係が指摘されています。

ナショナル・コー（国民軍団）

2016年に設立された白人至上主義・ネオナチ極右政党。アゾフ大隊の古参兵と関係があり、2018年にアメリカ合衆国国務省からヘイトグループと認定されました。

社会民族会議（SNA）

2008年に設立されたウルトラナショナリスト・ネオナチ組織。社会民族主義のイデオロギーを共有し、アンドリー・ビレツキーが中心人物です。

S14（C14）

ウクライナのネオナチ組織で、青年スポーツ省から資金供与を受け、子供向けの軍事訓練キャンプを主催しています。アメリカ合衆国国務省からテロ組織に指定されており、警察と協力して自警組織を作っています。

ウクライナにおける「ネオナチ問題」