ウスバキトンボ

ウスバキトンボ (Pantala flavescens)

ウスバキトンボは、トンボ科ウスバキトンボ属に分類されるトンボの一種で、世界中の熱帯・温帯地域に広く分布する汎存種です。日本では、夏から秋にかけて個体数を増やしますが、寒くなると姿を消します。お盆の頃に多く発生することから、「精霊とんぼ」や「盆とんぼ」とも呼ばれ、地域によっては「ご先祖様の使い」として大切にされています。

形態

成虫の体長は約5cm、翅の長さは約4cmほどで、中型のトンボに分類されます。名前の通り、翅は薄く透明で、体の割に大きく見えます。体色は淡い黄褐色で、腹部の背中側に黒い縦線があり、それを横切るように細い横縞が多数あります。成熟したオスは、背中側にやや赤みを帯びることがありますが、翅胸側面に黒筋がないため、アカトンボ類と区別できます。

分布

ウスバキトンボは、全世界の熱帯・温帯地域に広く分布しています。日本では、夏から秋にかけて全国各地で見られます。

生態

多くのトンボは成虫になっても水辺を離れませんが、ウスバキトンボは水辺から遠く離れて飛び回るため、都市部でもよく見かけられます。日中はほとんど地上に降りず飛び回り、夜間や朝夕は草木に止まって休息します。

ウスバキトンボは、あまり羽ばたかずに広い翅で風を捉え、グライダーのように滑空することができます。この飛び方により、長時間・長距離の飛行に適応しています。シオカラトンボやオニヤンマのように筋肉質ではなく、捕獲すると潰れてしまうほど体が脆いのも、軽量化によって飛行能力を高めた結果と考えられています。

ウスバキトンボは肉食性で、カなどの小昆虫を空中で捕食します。メス成虫は1日に体重の約14%に相当する量の小昆虫（約185匹分）を捕食するとされ、小昆虫の有力な捕食者として生態系において重要な役割を果たしています。秋には群れを成して草原の空で小型昆虫を捕食し、メスは様々な水場で産卵を行います。十分に餌を確保できると、24時間で約840個もの卵を産むことができます。

ウスバキトンボは、鳥類、シオヤアブ、カマキリなどの天敵のほか、シオカラトンボやギンヤンマなどの大型トンボにも捕食されます。

生活史

交尾を終えたメスは、単独で水田などの水面を腹の先で叩くように産卵します。水田だけでなく、都市部の水たまりや屋外プールなどにも産卵するため、これらの場所でヤゴ（幼虫）が見つかることが多いです。稀に、自動車の塗装面を水面と間違えて産卵行動を始める個体もいますが、卵はすぐに死滅します。

ウスバキトンボのメス成虫の蔵卵数は約29,000個と、ほぼ同体長のノシメトンボの約8,800個と比べて3倍以上です。また、十分に摂食したメス成虫は1日に約840個の成熟卵を生産できるため、産卵数の多さが、日本における数か月での個体数急増を可能にしていると考えられています。

卵は数日で孵化し、前幼虫はすぐに脱皮して幼虫になります。幼虫はミジンコやボウフラなどの小動物を捕食して急速に成長し、早ければ1か月ほどで羽化します。

日本での発生

ウスバキトンボは寒さに弱く、幼虫は水温4℃で死滅すると言われています。日本で発生する個体群は、東南アジアや中国大陸から飛来し、数回の世代交代を繰り返しながら北上していきます。ウスバキトンボ以外にも、東南アジアなどから渡ってくるトンボはいますが、ウスバキトンボほど個体数を急増させる種はいません。

同位体分析による研究では、日本に飛来するウスバキトンボの故郷は、インド北部やチベットから中国北部中央部、朝鮮半島まで広範囲に及ぶことが示唆されています。時期によっては、ミャンマー北部や中国南部、ボルネオ・スラウェシに由来する可能性も指摘されています。

毎年春になると、南日本から成虫が確認され始め、発生時期は南西諸島や九州では3月以降、東北地方や北海道では7～9月と、徐々に北上します。8～9月頃には、日本各地で大群で飛び回る様子が観察できます。

しかし、各地に拡散した個体は、ほとんどの地域で冬を越すことができずに死滅します（無効分散）。石垣島でのみ幼虫の越冬・羽化が報告されているほか、奄美大島と徳之島でも2月に成虫の目撃記録がありますが、温暖な地域での冬季の生態はまだ良くわかっていません。

ウスバキトンボが日本の冬を越せない要因としては、熱帯性で寒さに弱いことや、幼虫のエサとなる水生小動物が不足することが挙げられます。繁殖力の高さから、本来の生息地で環境収容力を超えてしまうため、無効分散を繰り返すという説もありますが、明確な結論は出ていません。

種の保全状況評価

ウスバキトンボは、IUCNレッドリストでLEAST CONCERN（軽度懸念）に指定されています。

類似種

ハネビロトンボは、ウスバキトンボによく似たトンボです。体長は5.5cmほどで、ウスバキトンボより少し大きく、翅が広く、翅の根もとが濃い赤褐色をしています。腹部もウスバキトンボより赤みがかっており、腹部の先が黒いのが特徴です。東南アジアに広く分布し、日本では南西諸島、小笠原諸島、九州、四国、本州南部に分布していますが、飛翔力が高く、台風通過後などには東北地方や北海道でも見られることがあります。

もう一度検索