ウール・シャヒン

ウール・シャヒン：革新的な医学と起業の道を拓く

ウール・シャヒン氏は、1965年9月29日、トルコに生まれました。幼少期の4歳の時に家族と共にドイツへ移住し、ケルンで育ちました。科学への強い関心を持ち続けたシャヒン氏は、後に医学の道を志すことになります。ケルン大学で医学を学び、腫瘍細胞に対する免疫療法に関する研究で博士号を取得。この学生時代に培ったがん免疫療法の知識と情熱が、その後のキャリアの礎となりました。

医学研究者としてのキャリアは、ケルン大学病院での内科医、血液学・腫瘍学医師としての経験から始まりました。その後、ザールラント大学病院やチューリッヒ大学病院での研究を経て、2000年にヨハネス・グーテンベルク大学マインツに自身の研究グループを設立します。2006年には実験腫瘍学の教授に就任。彼は免疫システムをがん治療に応用する「免疫エンジニア」として、体が本来持つ防御機構を活用する治療法の開発を目指しました。マインツ大学医療センター内では、腫瘍ワクチンセンター長や応用分子腫瘍学研究機関TRONの共同設立者・科学ディレクターを務めるなど、がん研究と免疫学の最前線で主導的な役割を果たしました。TRONでは、アンメット・メディカル・ニーズに応えるべく、個別化医療や癌免疫療法のための新しい診断・治療薬開発に注力し、その功績からドイツ癌研究賞を受賞しています。

学術的な活動と並行して、シャヒン氏は起業家としても才能を発揮します。2001年、パートナーであり後に配偶者となる医師のオズレム・テュレジ氏、そして恩師のクリストフ・フーバー氏と共に、最初の製薬会社ガニメド・ファーマシューティカルズを共同設立しました。ガニメドは胃がんなどに対する抗体医薬の開発に成功し、2016年には日本の製薬大手アステラス製薬に約14億ドルで売却されるという大きな成果を上げました。

そして2008年、再びテュレジ氏、フーバー氏らと共に、ドイツのマインツにバイオテクノロジー企業ビオンテックを設立します。ビオンテックでは、癌やその他の重篤な疾患に対する患者固有の治療法として、主にmRNA技術を用いた医薬品やワクチンの開発に焦点を当てました。シャヒン氏がCEOを務めるビオンテックは、個別化癌免疫療法、感染症ワクチン、希少疾患治療薬など、多様な応用を目指して研究を進めていました。

2020年、世界は新型コロナウイルス感染症（COVID-19）のパンデミックに直面します。シャヒン氏率いるビオンテックは、長年培ってきたmRNA技術を応用し、緊急かつ迅速にCOVID-19ワクチンの開発に着手しました。米国の製薬大手ファイザーとの提携により、彼らは驚異的なスピードで初のmRNAワクチンであるトジナメラン（BNT162b2）を開発し、その高い有効性と安全性が確認されました。このワクチンはパンデミック収束に向けた重要な鍵となり、世界中の人々の命を守ることに貢献しました。シャヒン氏はワクチン配布においては、国際協力と平等性が不可欠であるとの考えを表明しています。

ビオンテックのCOVID-19ワクチン開発の成功は、シャヒン氏とテュレジ氏に大きな経済的成功をもたらし、トルコ系ドイツ人として初めてドイツの富豪リスト上位100名に名を連ねるまでになりました。研究者としても、彼は多数の論文発表や特許取得しており、特にmRNA関連の研究では世界を牽引する存在です。その功績は国内外で高く評価されており、以下のような権威ある賞を多数受賞しています。

ドイツ癌研究賞
フィナンシャル・タイムズ - パーソン・オブ・ザ・イヤー
ドイツ連邦共和国功労勲章星付き大功労十字章
パウル・エールリヒ＆ルートヴィヒ・ダルムシュテッター賞
アストゥリアス皇太子妃賞（学術・科学研究部門）
ウィリアム・コーリー賞
ドイツ免疫学会賞
ルイ＝ジャンテ医学賞
* ウォーレン・アルパート財団賞

シャヒン氏は、「癌は将来的に撲滅される可能性がある」という信念を持っており、今後も癌を含む難病治療のための革新的なアプローチの開発に情熱を注ぎ続けることでしょう。また、自身の経験やmRNA技術の可能性について、「mRNAワクチンの衝撃 コロナ制圧と医療の未来」を共同執筆しています。

医師、研究者、そして起業家として、ウール・シャヒン氏はmRNA技術の実用化と普及に決定的な役割を果たし、医学の未来に新たな可能性を示しました。彼の研究と革新は、パンデミックという未曽有の危機を乗り越える上で極めて重要な貢献を果たしたのです。

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