エイコネス

『エイコネス』は、ローマ帝国支配下のギリシャで、ピロストラトスという名で知られる二人の人物によって書かれた、美術作品を言葉で描写したエクフラシス集です。ギリシャ語ではΕἰκόνες、英語ではImaginesと表記され、日本語では『絵画記』、『絵たち』、『列柱廊の絵画』、『肖像集』などと訳されることもあります。

この著作には二つのバージョンが存在します。一つは、2巻構成で、第1巻に序文と31章、第2巻に34章が収録されています。これは一般的に、レムノスのピロストラトス（大ピロストラトス）の著作とされていますが、彼の義理の父で、より有名なアテナイのピロストラトスの手による可能性も指摘されています。この『エイコネス』は、表面的には、ピロストラトスがナポリで見たとされる65点の絵画を詳細に描写したものです。しかし、著者が実際にこれらの絵画を目の当たりにしたかどうかについては、議論の余地があります。

この著作の目的は、芸術作品そのもの、そしてそれが持つ象徴的な意味や解釈を、若い鑑賞者に向けて説明することにあります。序文では、著者がこの本を書く直接的な動機が、滞在先の主人の10歳の息子であったと述べられており、各章も、まるでその少年に語りかけるように構成されていることがわかります。

もう一つの『エイコネス』は、17章から成り、レムノスのピロストラトスの孫にあたる小ピロストラトスによって書かれたとされています。この著作も、同様に絵画描写を通じて、芸術に対する理解を深めることを目的としています。

『エイコネス』は、ルネサンス期の芸術家たちにも大きな影響を与えました。例えば、ティツィアーノは本書に描かれた絵画を参考にして、『ヴィーナスへの奉献』や『アンドロス島の人々』といった作品を制作しています。また、ブレーズ・ド・ヴィジュネールは、本書のフランス語訳を再現画と共に刊行しました。これらの事実は、『エイコネス』が単なる古代の文献にとどまらず、後世の芸術家たちにインスピレーションを与え続けた重要な資料であることを示しています。

このように、『エイコネス』は、古代の美術作品を言葉で伝えるだけでなく、芸術に対する理解を深め、後世の芸術家たちにも影響を与えた、非常に重要な著作です。それは、単なる絵画の記録にとどまらず、古代の芸術観や社会観を現代に伝える貴重な資料であると言えるでしょう。

参考文献
Fairbanks, Arthur, Philostratus the Elder, Imagines. Philostratus the Younger, Imagines. Callistratus, Descriptions. Translated by Arthur Fairbanks. Loeb Classical Library No. 256. Cambridge, Massachusetts: Harvard University Press, 1931. ISBN 978-0674992825. Online version at Harvard University Press. Internet Archive 1926 edition.

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