エジプトのイスラエル人

ヘンデルのオラトリオ『エジプトのイスラエル人』

『エジプトのイスラエル人』（Israel in Egypt）HWV54は、ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデルが作曲した英語のオラトリオです。旧約聖書の『出エジプト記』と『詩篇』を題材としており、イスラエル民族の苦難と解放を描いた壮大な作品です。合唱の比重が非常に高いことが特徴で、19世紀の合唱音楽の世界で非常に人気を博しました。

作曲の経緯

ヘンデルはロンドンのキングズ劇場でイタリア・オペラを上演していましたが、1739年のシーズンは出資者が得られず、代わりにオラトリオによるシーズンを開催することにしました。そのために、新作オラトリオ『サウル』と共に作曲されたのが『エジプトのイスラエル人』です。

台本作者は不明ですが、ヘンデルはまず初演時の第3幕にあたる「モーセの歌」から作曲に着手しました。その後、前年に作曲したカロライン王妃の葬送アンセムを再利用することを思いつき、歌詞を新たに書き換えて第1幕としました。そして最後に出エジプトを描いた第2幕を作曲し、『サウル』完成後の1738年10月1日から11月1日にかけて完成しました。

初演とその後

1739年4月4日、キングズ劇場で初演されました。初演版は3幕構成で、第1幕は「シオンの嘆き/カロライン女王のための葬儀アンセム」「イスラエルの息子らが嘆く」として知られています。しかし、初演は観客に受け入れられず、2回目の公演では第1幕をカットした短縮版となり、コラールはイタリア風のアリアで装飾されました。古いスコアは、この第1幕を省いた形で出版されています。

今日では、ヘンデルのオリジナルである3幕構成のバージョンで演奏・録音されることが多くなっています。

音楽的特徴

『エジプトのイスラエル人』は、合唱の比重が非常に高いことが特徴です。しかし、合唱が多すぎることや、独唱の名人芸が少ないことが、初演時の不評の一因となりました。また、管弦楽による絵画的な描写も特徴的で、特にエジプトにふりかかる災厄の描写は秀逸です。

一方で、ヘンデルはしばしば他人の曲を借用しており、『エジプトのイスラエル人』でもストラデッラのセレナータ、ウリオの『テ・デウム』、ディオニージ・エルバの『マニフィカト』などから借用しています。

あらすじ

第1部

イスラエル人は、指導者ヨセフと、親切な助言者であったエジプト王ファラオの死を悼んでいます。

第2部

新たなファラオはイスラエル人を憎む差別主義者であり、神はイスラエル人を隷従から救うリーダーとして、モーゼを選びます。エジプトには疫病が蔓延し、川は血に染まり、カエルのペストが大地を覆い、牛や人の皮膚には発疹や水ぶくれが現れます。ハエやシラミが大量発生し、イナゴの大群が作物を食い荒らし、雹が降り、闇が深まります。そして、エジプト人の長男たちが次々と死んでいきます。

ファラオはイスラエル人の出国を許可しますが、後になって考えを変え、追撃を開始します。紅海は奇跡的に割れ、モーゼとイスラエル人は安全に渡りますが、追ってきたエジプト軍は海に飲み込まれて溺死します。

第3部

イスラエル人はエジプトからの脱出を祝います。

楽器編成

トロンボーン3
トランペット2
ティンパニ1対
オーボエ2
ファゴット2
弦5部
二重合唱
ソリスト（ソプラノ2、アルト、テノール）
オルガン

演奏時間

約90分（各27分、27分、36分）

録音

オラトリオからの抜粋「モーセとイスラエルの子供たち」は、1888年のクリスタル・パレス・ヘンデル・フェスティバルで録音された、世界最古の録音の一つとして知られています。

参考文献

クリストファー・ホグウッド 著、三澤寿喜 訳『ヘンデル』東京書籍、1991年。ISBN 4487760798。
* 渡部恵一郎『ヘンデル』音楽之友社〈大作曲家 人と作品 15〉、1966年。ISBN 4276220157。

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