エジプトガン

エジプトガン（Alopochen aegyptiaca）

カモ科に分類されるエジプトガンは、アフリカ大陸を原産地とする鳥類です。その美しい姿は古くから人々に親しまれており、特に古代エジプトの美術品には頻繁に登場し、当時の文化において重要な存在であったことがうかがえます。現代では、観賞用の鳥として世界中に持ち出され、ヨーロッパや北米など、本来の生息域ではない地域に広く分布を広げています。日本国内でもペットとして飼育されており、その丈夫さと環境適応能力の高さから、比較的飼育しやすい鳥とされています。

分類

エジプトガンが学術的に記載されたのは1766年、著名なスウェーデンの博物学者カール・フォン・リンネによる『自然の体系』第12版においてです。当初はカモ属（Anas）の一種として扱われましたが、後に独立したエジプトガン属（Alopochen）が設けられ、現在はこの属に属する唯一の現生種とされています。この属には、絶滅した数種のガンも含まれています。属名「Alopochen」は、ギリシャ語で「キツネ」を意味する「ἀλωπός」または「ἀλώπηξ」と、「ガン」を意味する「χήν」に由来し、本種の背に見られる赤みを帯びた羽色を指していると考えられています。種小名「aegyptiaca」はラテン語で「エジプトの」という意味で、この鳥がエジプトと関連が深いことにちなんでいます。英語名の「Egyptian Goose」は、「Goose」（ガン）という単語が使われていますが、これはエジプトガンの泳ぎ方や飛び方が、カモよりもガンに似ていることに由来すると言われています。遺伝子分析の結果からは、ツクシガモ属との近縁性が示唆されており、両者ともTadorninaeという亜科に分類されています。

分布と生息地

エジプトガンは、アフリカ大陸のサブサハラ地域およびナイル川流域に広く分布しており、生息数は豊富ですが、ナイル川流域北部では個体数が減少傾向にあります。主な生息環境は、淡水域に近い開けた場所で、標高0mの低地からエチオピア高原のような海抜4,000mの高地まで様々な場所で見られます。密林や砂漠地帯ではほとんど見られません。普段は河川や沼などを主な活動場所としています。繁殖期以外にはある程度の分散行動が見られ、時にはアフリカ北部の乾燥地帯であるサヘルまで長距離を移動することもあり、歴史的にはアルジェリアやチュニジアを含む北アフリカにもより広く生息していました。かつてはドナウ川下流域を含む南ヨーロッパや中東の一部にも生息していた記録がありますが、これらの地域から姿を消した理由や正確な時期は分かっていません。

移入による分布拡大

エジプトガンの分布域は、観賞用としての導入によって世界各地に拡大しました。

イギリス: 17世紀に私有地や公園に導入されたのが始まりですが、野鳥として正式に記録されたのは1971年です。当初の個体群は限定的な広がりでしたが、現在では主にイースト・アングリアやテムズ川沿いに見られ、営巣に適した水辺や短い草地、木の穴がある環境を好みます。冬期は川沿いの渓谷で採餌します。数が増加したことで、2009年には外来種に指定され、問題を引き起こす個体は特別な許可を得て駆除される可能性があります。
ヨーロッパ大陸: 1967年にオランダ、1982年にベルギーに導入された個体群が基盤となり、ヨーロッパ大陸に広がりました。逸出した飼育個体も加わり、ドイツ、フランス、チェコ、デンマーク、ルクセンブルク、スイスなどに分布を拡大しています。オーストリア、イタリア、ポーランド、スペイン、スウェーデンなどでも観察や繁殖例がありますが、これらの国に定着したかは不明です。エジプトガンは闘争性が非常に強く、在来のカモ類などを攻撃し、殺すこともあるため、生態系への悪影響が懸念されています。このため、欧州連合（EU）では2017年に「侵略的外来種リスト」に指定され、輸入や飼育などが原則禁止され、加盟国には根絶または個体数管理の努力義務が課されています。
* その他の地域: モーリシャス、イスラエル、アラブ首長国連邦、アメリカ合衆国などでも繁殖個体群が定着しています。アメリカ合衆国では南部を中心にいくつかの州で繁殖が確認されています。オーストラリアやニュージーランドにも導入が試みられましたが、定着には至りませんでした。日本国内では、飼育施設から逃げ出したとみられる個体が、時折野外で観察されています。

形態

エジプトガンは全長約70cmに達する比較的大型の鳥です。翼の長さはオスの方がメスよりもやや長く、全体的な大きさもオスの方がやや大型になる傾向がありますが、羽毛の色に雌雄差はほとんどありません。全身の羽衣は黄灰色を基調とし、目の周囲や背中、下胸の一部が褐色を帯びています。羽毛の色合いには個体差が大きく、灰色っぽい個体や茶色っぽい個体が見られますが、これは性別や年齢による違いではありません。成鳥の翼の大部分は白色ですが、普段は雨覆羽に隠れて見えません。警戒時など興奮すると、この白い部分が露出して目立つようになります。翼鏡と呼ばれる次列風切羽の一部は鮮やかな緑色をしています。嘴と比較的長い後肢はピンク色です。

生態と行動

エジプトガンは通常、単独、ペア、または家族群で生活していますが、換羽期には最大50羽程度の群れを形成することもあります。繁殖形態は卵生で、メスは一度に6個から12個（平均7個）の卵を産みます。抱卵期間は約30日間です。営巣場所は多様で、樹洞、岩の隙間、地上の草地などに巣を作ったり、他の鳥類の古巣を利用したりします。特に、都市部の公園などでは木の穴を利用して営巣しているのがよく見られます。メスがアシや葉、草などを使って巣を作り、オスとメスが交代で卵を温めます。エジプトガンは一般的に生涯を通じて同じつがいを維持する一夫一婦制と考えられています。雛が自立するまでの間は、両親が共同で世話を行いますが、親鳥が雛に直接餌を与えることはなく、雛は孵化するとすぐに自分で餌を探し始めます。

食性は雑食性で、草、種子、果実、昆虫、甲殻類など、幅広いものを食べます。ただし、孵化後数週間の雛は、主に水中に生息する小型の無脊椎動物、特に淡水プランクトンを捕食します。このため、水質によってはボツリヌス毒素が食物連鎖を通じて濃縮され、毒素を含んだミミズや昆虫の幼虫を食べた雛が群れで死亡してしまう危険性があります。成鳥は動物質の餌の割合が少ないため、通常はこの毒素の影響を受けにくいとされています。

エジプトガンは繁殖期になると、同種に対して非常に強い縄張り意識を示します。縄張りに侵入した他のエジプトガンを積極的に追い払い、時には空中で攻撃することもあります。近年では、生息地に飛来したドローンなどの飛行物体に対しても攻撃を行う様子が観察されています。また、自身の雛の生存率を高め、より多くの食料資源を確保するために、近くにいる他のペアの雛を殺してしまう行動も報告されており、これは資源を巡る競争の激しさを示しています。

天敵と寿命

本来の生息地であるアフリカにおいては、ヒョウ、ライオン、チーター、ハイエナ、ワニ、そして大型のハゲワシなどがエジプトガンの主な天敵となります。野生環境での寿命は最長で15年程度と考えられていますが、飼育下ではより長生きする記録があり、中には35歳まで生きた例も知られています。

鳴き声と求愛行動

エジプトガンの鳴き声は雌雄で異なります。オスの出す声は比較的控えめで、「クワクワ」というような音を発しますが、普段はあまり鳴かず、興奮した際などに素早く連続した息を吐くような鳴き声を発することがあり、これは時に蒸気機関の音に例えられます。一方、メスははるかに騒々しく、「クワクワ」という大きな声を発します。特に子育て中は攻撃的になり、よく鳴く傾向があります。オスはメスを引きつけるために、ガーガーと鳴いたり、首を伸ばしたり、翼を広げたりといった様々な求愛ディスプレイを行います。

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