エドワード・ウィリアム・バートン＝ライト
エドワード・ウィリアム・バートン＝ライト（Edward William Barton-Wright, 1860年 - 1951年）は、イギリスの技術者、実業家、そして理学療法士という多様な顔を持つ人物でしたが、特に独自の護身術「バーティツ」の創始者として、またヨーロッパに日本の武術を紹介した初期の人物として知られています。
彼は1860年11月8日、当時のイギリス領インド帝国、マドラス近郊のヴェペリーに生を受けました。父親は鉄道技師、母親はオーストラリアの政治家の娘という家庭環境で育ち、9人兄弟の三番目にあたります。出生時の名前はエドワード・ウィリアム・ライトでした。一家は1880年代にイギリスへと戻り、バートン＝ライトはフランスとドイツで学びました。大学卒業後は鉄道事務員を経て、土木技師・測量士としてエジプト、ポルトガル、マレーシアやシンガポールを含む海峡植民地など、世界各地で鉄道や鉱山の関連業務に携わりました。法的にバートン＝ライトという名前を使うようになったのは、1892年4月以降のことです。
バートン＝ライトは、若い頃から世界各地で様々な格闘技に関心を持ち、研究していたと語っています。特に護身術には生涯にわたって強い興味を抱いていました。彼の武術家としてのキャリアにおいて重要な転機となったのは、1895年にアンチモン製錬の技術者として日本の神戸にあるE・H・ハンター商会に招聘された経験です。この滞在期間中に、彼は神伝不動流柔術と講道館流柔術の二つの流派を学びました。神伝不動流柔術は、神戸で道場を開いていた寺島貫一郎から直接指導を受けたと言われています。
日本での学びを経て、1898年にイギリスへ帰国したバートン＝ライトは、それまでに習得した日本の柔術技法を基礎に、西洋の格闘スタイルであるボクシング、フランスのサバット、そしてピエール・ヴィニーが考案した棒術「ラ・カン」の要素を取り入れ、独自の総合護身術「バーティツ」を創り上げました。これは彼自身の名前（Barton）と日本の柔術（Jujitsu）を組み合わせた造語とされています。
バーティツの普及のため、彼は積極的な活動を展開しました。1899年には、技の力学的原理などを解説した記事や、バーティツの理論を紹介するエッセイを執筆し、イギリスやアメリカの主要な雑誌『ピアソンズ・マガジン』に掲載されました。これらの記事は他の多くの新聞にも転載され、広く注目を集めました。そして1900年には、ロンドンのソーホー地区に「バーティツ・スクール・オブ・アームズ・アンド・フィジカル・カルチャー」というアカデミーを設立しました。このアカデミーでは、護身術やコンバットスポーツの技術指導に加え、様々な理学療法も英語とフランス語で行われ、軍人、スポーツ選手、俳優、政治家、貴族など、幅広い階層の会員が集まりました。バートン＝ライトは、自ら護身術のデモンストレーションを数多く開催し、ロンドンのミュージックホールではトーナメント大会を主催しました。バーティツ・クラブのチャンピオンは、ヨーロッパ各地の異なる格闘技スタイルの選手たちからの挑戦を受け、その優位性を示そうとしました。1901年には、杖や傘を使った護身術の技法に特化した記事も発表しています。また、同時代の文学作品として有名なコナン・ドイルのシャーロック・ホームズシリーズに登場する武術「バリツ」は、このバーティツをモデルにしたのではないかという説が有力視されています。1902年には「グレート・アングロ＝ジャパニーズ・トーナメント」と銘打ったツアーを企画し、ノッティンガム、サンドリンガム軍事基地、オックスフォード大学、ケンブリッジ大学、ランカシャーなど、イギリス各地でバーティツの模範演技や大会を開催しました。
しかし、バーティツ・クラブは1903年までに閉鎖されました。その後も個人的にバーティツの研究や指導を続けた可能性はありますが、1920年代に入ると、バートン＝ライトの関心は理学療法へと移っていきました。彼はロンドン各地に治療院を開設し、キャリアの後半生は理学療法士として活動しました。彼の治療院では痛風やリウマチの緩和に電気器具を用いるなど、当時の主流とは異なる手法を取り入れたため、ロンドンの医学界からは懐疑的に見られることもありました。ビジネス上の問題、特に元従業員との訴訟やベンチャー投資の失敗なども重なり、彼は20世紀前半に何度か破産を経験しています。
1930年から1950年の間のバートン＝ライトの人生については、詳しいことはほとんど分かっていません。少なくとも1938年以降は、ロンドン郊外のサービトンにある自宅で診療所を経営していました。1966年に出版されたイギリスの作家ロバート・エイクマンの自伝には、彼が「有名な理学療法士で柔道家」として紹介されており、エイクマンの大叔母の知人であったことが記されています。1950年には、ロンドンの柔道クラブ「武道会」の創設者である小泉軍治のインタビューに応じ、その年の武道会の集まりでヨーロッパにおける日本武道の先駆者として紹介されました。
エドワード・ウィリアム・バートン＝ライトは、1951年4月26日にサリー州キングストン・アポン・テムズで90歳で亡くなりました。生涯独身で、亡くなった当時は経済的に困窮していたとされています。彼はサリー州キングストン墓地に、名前の刻まれていない墓に埋葬されました。
バートン＝ライトの歴史的な功績が改めて認識されるようになったのは、没後かなり時が経った1990年代後半のことです。イギリスの武術史家リチャード・ボーエンやグレアム・ノーブルらの研究、そして後に設立されたバーティツ・ソサエティの活動によって、彼の業績に光が当てられました。2004年には、武道における先駆的な貢献を顕彰するための資金調達プロジェクトが始まりました。2005年と2008年には、バーティツに関する包括的な書籍「バーティツ大要」が刊行され、いずれも彼の献辞が記されています。2011年からは毎年、バーティツに関する国際的なカンファレンスが開催されており、同年には彼の生涯を追ったドキュメンタリー映画「バーティツ: シャーロック・ホームズの失われた武術」も制作されました。2012年6月には、英国人名事典にバートン＝ライトの記事が掲載されるなど、その歴史的意義が広く認められるようになっています。
彼は1860年11月8日、当時のイギリス領インド帝国、マドラス近郊のヴェペリーに生を受けました。父親は鉄道技師、母親はオーストラリアの政治家の娘という家庭環境で育ち、9人兄弟の三番目にあたります。出生時の名前はエドワード・ウィリアム・ライトでした。一家は1880年代にイギリスへと戻り、バートン＝ライトはフランスとドイツで学びました。大学卒業後は鉄道事務員を経て、土木技師・測量士としてエジプト、ポルトガル、マレーシアやシンガポールを含む海峡植民地など、世界各地で鉄道や鉱山の関連業務に携わりました。法的にバートン＝ライトという名前を使うようになったのは、1892年4月以降のことです。
バートン＝ライトは、若い頃から世界各地で様々な格闘技に関心を持ち、研究していたと語っています。特に護身術には生涯にわたって強い興味を抱いていました。彼の武術家としてのキャリアにおいて重要な転機となったのは、1895年にアンチモン製錬の技術者として日本の神戸にあるE・H・ハンター商会に招聘された経験です。この滞在期間中に、彼は神伝不動流柔術と講道館流柔術の二つの流派を学びました。神伝不動流柔術は、神戸で道場を開いていた寺島貫一郎から直接指導を受けたと言われています。
日本での学びを経て、1898年にイギリスへ帰国したバートン＝ライトは、それまでに習得した日本の柔術技法を基礎に、西洋の格闘スタイルであるボクシング、フランスのサバット、そしてピエール・ヴィニーが考案した棒術「ラ・カン」の要素を取り入れ、独自の総合護身術「バーティツ」を創り上げました。これは彼自身の名前（Barton）と日本の柔術（Jujitsu）を組み合わせた造語とされています。
バーティツの普及のため、彼は積極的な活動を展開しました。1899年には、技の力学的原理などを解説した記事や、バーティツの理論を紹介するエッセイを執筆し、イギリスやアメリカの主要な雑誌『ピアソンズ・マガジン』に掲載されました。これらの記事は他の多くの新聞にも転載され、広く注目を集めました。そして1900年には、ロンドンのソーホー地区に「バーティツ・スクール・オブ・アームズ・アンド・フィジカル・カルチャー」というアカデミーを設立しました。このアカデミーでは、護身術やコンバットスポーツの技術指導に加え、様々な理学療法も英語とフランス語で行われ、軍人、スポーツ選手、俳優、政治家、貴族など、幅広い階層の会員が集まりました。バートン＝ライトは、自ら護身術のデモンストレーションを数多く開催し、ロンドンのミュージックホールではトーナメント大会を主催しました。バーティツ・クラブのチャンピオンは、ヨーロッパ各地の異なる格闘技スタイルの選手たちからの挑戦を受け、その優位性を示そうとしました。1901年には、杖や傘を使った護身術の技法に特化した記事も発表しています。また、同時代の文学作品として有名なコナン・ドイルのシャーロック・ホームズシリーズに登場する武術「バリツ」は、このバーティツをモデルにしたのではないかという説が有力視されています。1902年には「グレート・アングロ＝ジャパニーズ・トーナメント」と銘打ったツアーを企画し、ノッティンガム、サンドリンガム軍事基地、オックスフォード大学、ケンブリッジ大学、ランカシャーなど、イギリス各地でバーティツの模範演技や大会を開催しました。
しかし、バーティツ・クラブは1903年までに閉鎖されました。その後も個人的にバーティツの研究や指導を続けた可能性はありますが、1920年代に入ると、バートン＝ライトの関心は理学療法へと移っていきました。彼はロンドン各地に治療院を開設し、キャリアの後半生は理学療法士として活動しました。彼の治療院では痛風やリウマチの緩和に電気器具を用いるなど、当時の主流とは異なる手法を取り入れたため、ロンドンの医学界からは懐疑的に見られることもありました。ビジネス上の問題、特に元従業員との訴訟やベンチャー投資の失敗なども重なり、彼は20世紀前半に何度か破産を経験しています。
1930年から1950年の間のバートン＝ライトの人生については、詳しいことはほとんど分かっていません。少なくとも1938年以降は、ロンドン郊外のサービトンにある自宅で診療所を経営していました。1966年に出版されたイギリスの作家ロバート・エイクマンの自伝には、彼が「有名な理学療法士で柔道家」として紹介されており、エイクマンの大叔母の知人であったことが記されています。1950年には、ロンドンの柔道クラブ「武道会」の創設者である小泉軍治のインタビューに応じ、その年の武道会の集まりでヨーロッパにおける日本武道の先駆者として紹介されました。
エドワード・ウィリアム・バートン＝ライトは、1951年4月26日にサリー州キングストン・アポン・テムズで90歳で亡くなりました。生涯独身で、亡くなった当時は経済的に困窮していたとされています。彼はサリー州キングストン墓地に、名前の刻まれていない墓に埋葬されました。
バートン＝ライトの歴史的な功績が改めて認識されるようになったのは、没後かなり時が経った1990年代後半のことです。イギリスの武術史家リチャード・ボーエンやグレアム・ノーブルらの研究、そして後に設立されたバーティツ・ソサエティの活動によって、彼の業績に光が当てられました。2004年には、武道における先駆的な貢献を顕彰するための資金調達プロジェクトが始まりました。2005年と2008年には、バーティツに関する包括的な書籍「バーティツ大要」が刊行され、いずれも彼の献辞が記されています。2011年からは毎年、バーティツに関する国際的なカンファレンスが開催されており、同年には彼の生涯を追ったドキュメンタリー映画「バーティツ: シャーロック・ホームズの失われた武術」も制作されました。2012年6月には、英国人名事典にバートン＝ライトの記事が掲載されるなど、その歴史的意義が広く認められるようになっています。
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