エドヴィン・クレープス

エドヴィン・ガーハード・クレープス

エドヴィン・ガーハード・クレープス（Edwin Gerhard Krebs, 1918年6月6日 - 2009年12月21日）は、細胞内で生命活動を精緻に制御するメカニズムの一つ、可逆的タンパク質リン酸化の発見で世界的に知られるアメリカ合衆国の生化学者です。彼の画期的な研究は、共同研究者であるエドモンド・フィッシャーと共に、1992年のノーベル生理学・医学賞受賞へとつながりました。

生い立ちと教育の道筋

クレープスはアイオワ州ランシングに生を受けました。父親が長老派教会の牧師だったため、一家は幼少期に頻繁な引っ越しを経験しました。6歳でイリノイ州グリーンビルに落ち着いたものの、1933年に父親が急逝するという悲劇に見舞われました。この出来事を受けて、母親は当時兄が大学で学んでいたイリノイ州アーバナへの転居を決断します。

アーバナ高等学校を経て、クレープスは1936年にイリノイ大学に入学しました。大学4年次には、有機化学のより高度な研究に進むか、あるいはセントルイスにあるワシントン大学医科大学院で奨学金を得て医学を学ぶかという二つの選択肢に直面しました。彼は後者の道を選び、医学の世界へと足を踏み入れました。

医師から基礎研究への転換

ワシントン大学医科大学院での学びは、将来の内科医としてのキャリアだけでなく、医学研究者としての素養も彼に与えました。1943年に卒業すると、セントルイスのバーンズ病院で研修医として働き、その後アメリカ海軍の医官を務めました。1946年に海軍から離れましたが、当時の状況ではすぐに病院での臨床業務に戻ることが難しかったため、基礎科学の分野に進むことを勧められました。

この勧めを受け、彼は生化学の研究を選びました。著名な生化学者であるカール・コリとその妻ガーティー・コリの指導のもと、プロタミンという物質とウサギの筋肉に存在するホスホリラーゼという酵素の相互作用について研究を行いました。この2年間の集中的な研究経験を経て、クレープスは生化学者として研究の道を歩み続けることを決意しました。

ワシントン大学シアトル校での重要な発見

1948年、クレープスはシアトルにあるワシントン大学（セントルイスの同名大学とは別の機関です）に生化学科の助教授として赴任しました。1953年に、後に共同でノーベル賞を受けるエドモンド・フィッシャーが同講座に加わったことを機に、二人は協力してホスホリラーゼ酵素の詳細な研究を開始しました。

彼らの研究は、ホスホリラーゼが活性状態と不活性状態の間でどのように変換されるかというメカニズムの解明に集中しました。そしてついに、タンパク質にリン酸基が付加されたり除去されたりすることで、その機能が可逆的に変化するという、可逆的タンパク質リン酸化と呼ばれる生命現象を発見したのです。

可逆的タンパク質リン酸化のメカニズムと意義

可逆的タンパク質リン酸化は、細胞が外部からの信号に応答したり、内部の様々なプロセスを調節したりするための根幹をなす仕組みです。簡単に言えば、これはタンパク質のオン・オフスイッチのようなものです。

このプロセスでは、まずプロテインキナーゼと呼ばれる酵素が、細胞のエネルギー通貨であるアデノシン三リン酸（ATP）からリン酸基を特定のタンパク質に渡します。リン酸基を受け取ったタンパク質は形や性質が変化し、特定の生物学的機能を実行できるようになります。役割を終えたタンパク質からリン酸基を取り除くのは、プロテインホスファターゼという別の酵素です。リン酸基が取り除かれると、タンパク質は元の状態に戻ります。このリン酸化と脱リン酸化のサイクルが、細胞の代謝、遺伝子発現、シグナル伝達経路など、無数の生命活動をきめ細かく制御しているのです。クレープスとフィッシャーによるこの普遍的な制御機構の発見は、分子生物学や医学研究に革命をもたらしました。

その後のキャリアと晩年

研究活動に加えて、クレープスは教育や研究部門の運営にも貢献しました。一時期、ワシントン大学を離れ、カリフォルニア大学デービス校の生物化学部門の主任を務めましたが、1977年には再びシアトルのワシントン大学に戻り、薬学部の主任として活躍しました。

長年にわたり生化学の発展に寄与した後、エドヴィン・クレープスは2009年12月21日、91歳で心臓病のために永眠しました。

主な受賞歴

クレープスの科学的貢献は高く評価され、多くの栄誉が贈られました。中でも、可逆的タンパク質リン酸化の発見に対するエドモンド・フィッシャーとのノーベル生理学・医学賞（1992年）は最も有名です。その他の主要な受賞歴には以下が含まれます。

1978年 - ガードナー国際賞
1988年 - パサノ賞
1989年 - アルバート・ラスカー基礎医学研究賞
1989年 - ルイザ・グロス・ホロウィッツ賞
* 1991年 - ウェルチ化学賞

エドヴィン・クレープスの遺した業績は、細胞がどのように応答し、機能するかという生命の基本原理の理解を深める上で不可欠な基礎となり、今日に至るまで多くの医学・生物学研究に影響を与え続けています。

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